日機装の文化
2022/09/27
日機装の文化・芸術支援活動 〜加賀象嵌の保存・普及に向けて〜
- インタビュー
- 加賀象嵌
目次
血液透析装置や特殊ポンプ、航空機用部品など多様なものづくりを手がける日機装は、メーカーとして、地域社会との共存・共栄は必要不可欠との考えのもと、社会市民の一員として、さまざまな地域貢献活動にも取り組んできました。
その取り組みの一つが、石川県の伝統工芸である「加賀象嵌(かがぞうがん)」の保存・普及・啓蒙などを行う宗桂会の支援です。
今回は、石川県の金沢製作所にて加賀象嵌の保存普及活動を行う宗桂会の運営に携わる、中田 典子氏と山口 早紀氏にインタビュー。文化・芸術支援活動をテーマに、具体的な活動内容やその中で大切にしていることについて話を聞きました。
中田 典子:金沢製作所 副製作所長兼総務部長として、総務関連業務や製作所全体の安全・健康管理等を担当する。また宗桂会 事務局長として、石川県の伝統工芸「加賀象嵌」の保存普及活動や、活動主体となる財団の運営を長きにわたり担ってきた。 山口 早紀:金沢製作所 総務部にて総務領域の庶務、製作所の来客対応、食堂運営などの業務を幅広く担うとともに、学芸員として宗桂会館を訪れるお客様のご案内や宗桂会の運営を行っている。 (※所属・肩書は取材時点のものです) |
「脈々と受け継がれる地域の伝統工芸を守りたい」
――今回は、日機装が “文化・芸術への取り組み” として行う「加賀象嵌の保存・普及支援」をテーマにお話をお聞きしていきます。まずは、加賀象嵌についてご説明いただけますか。
山口:石川の伝統工芸である「加賀象嵌」は、金属に模様を彫り込み、そこに別の金属を叩いてはめ込むことで装飾をほどこす技法です。江戸時代、加賀藩主である前田家の殿様が工芸を支援する中で発展したものと言われています。
硬い金属に繊細な模様を彫ること、はめ込む金属が外れてしまわないよう、台形状に溝の底部を広げることなど、各工程に非常に高度な技術が求められます。緻密な装飾で表現の可能性が広いこと、またそれをほどこせるほど職人の技術力が高いことも加賀象嵌の大きな魅力かもしれません。
――加賀象嵌の技術によって、どのような作品が生み出されているのですか?
山口:もとは馬にのる際に足の支えとなる鎧(あぶみ)や日本刀の鍔(つば)の装飾にこの技術が使われましたが、明治期に入ると、殖産興業の流れを受けて海外輸出向けの花器などが作られるようになりました。
現代においては、帯留めやアクセサリー類の装身具、花器などが作品の中心になっています。
――そのような歴史ある金属工芸の保存・普及を、日機装が支援するようになった経緯を教えてください。
山口:日機装の創業者である音 桂二郎は、加賀象嵌の名門・山川孝次家の系譜にあります。そんな彼は、加賀象嵌を手がける職人が片手で数えられるほどになってしまった現状を見て「脈々と受け継がれてきた、自分のルーツとも言える伝統工芸がなくなってしまう」と危機感を覚えたのだそうです。
そこで加賀象嵌の振興発展に少しでも尽くそうと、平成5年 金沢製作所を建設するにあたり、日機装の製品展示の他、加賀象嵌作品や彫金道具、図案などを展示する記念会館として「宗桂会館」を敷地内に建設。同時に公益財団法人「宗桂会」を立ち上げ、支援活動を始めました。
「加賀象嵌の保存・普及支援」の4つの柱〜伝統工芸を後世に残すために〜
――宗桂会が行う「加賀象嵌の保存・普及支援」の具体的な内容について教えてください。
山口:現在は、次の4つの軸で活動を行っています。
- 加賀象嵌の保存、育成
- 加賀象嵌の普及および宣伝
- 加賀象嵌の後継者の育成
- 技術習得・研究に対する助成、制作発表の奨励
まず加賀象嵌の保存・育成については、作品や資料の収集を中心に行っています。 音桂二郎の家系にある山川 孝次の作品を中心に、歴史的価値のあるものを収集するのはもちろん、支援の意味も込めて若手作家の作品も購入し、保存・管理を行っています。
上記画像は、実際に購入した若手作家・前田真知子さんの作品です。
象嵌香炉「春色無高下」(しゅんしょくこうげなし)は、金沢の美しい春の景色をモチーフに、加賀象嵌で加飾が施されています。
現代作家の作品は、伝統的な加賀象嵌技法を用いながらも、造形や意匠等に作家独自の感性が表現されており、アクセサリー等の小物をはじめ、現代の生活様式にも溶け込むようなものも多く制作されています。
――「普及・宣伝」についてはいかがですか?
山口:昨今はコロナ禍で残念ながら活動規模を縮小していますが、平時には近隣の小学校や宗桂会館で体験教室などのイベントを開催し、地域の方々に加賀象嵌を体験していただく機会を提供してきました。
体験教室では、参加者考案のデザインをもとに、講師が模様をあらかじめ彫っておきます。そこに金属をはめ込み、磨き上げるまでの工程を体験いただきます。実は金属をはめ込む作業はとても難しく、皆さん苦戦されます。
中田:また工芸や金工の魅力を発信する会報誌や、加賀象嵌作品をテーマにしたカレンダーの発行も、普及・宣伝活動の一環として行っています。
加賀象嵌について知ったり、実際に作品づくりを体験したりすることで、より作品の素晴らしさを理解していただきやすくなると思うんです。広く地域の方々に、加賀象嵌をはじめとした金工に親しんでいただきたいですね。
――「後継者育成」についてもくわしく教えてください。
山口:金沢市からの委託を受け、「加賀象嵌・彫金専門塾」という一般市民向けの講座の運営を1998年から続けてきました。技量別に基礎コース・専門コースⅠ、Ⅱの3種があり、それぞれ2年の最大6年間、週に1度のペースで加賀象嵌技法を学んでいただけます。
受講生の年齢層は、若い世代から定年退職された方々まで幅広く、一般企業にお勤めの方や、他分野の工芸作家等、様々な方にご参加いただいております。修了後には加賀象嵌作家として活動し、全国規模の公募展で入選されるような方もいらっしゃいます。
中田:御前智子さんもこの講座の卒業生の一人です。現在、加賀象嵌作家としてご活躍されています。
中田:またこれからの加賀象嵌を担う若手の芽をしっかりと地元に根付かせるために、金沢製作所のそばにある空き家を改修・整備して「月浦工房」を開所。若手作家への制作場所の提供も行ってきました。
月浦工房からはこれまでに11名の若手作家が巣立ち、現在ご自身の工房などで活躍されています。
――最後に、「技術習得・研究に対する助成、制作発表の奨励」についてもお願いします。
山口:助成事業としては、その年に功績のあった金工作家の中から宗桂会の選考委員が「宗桂会大賞・宗桂会努力賞」をそれぞれ選び、表彰をさせていただくとともに奨励金をお渡ししています。
また制作発表の奨励については、伝統工芸日本金工展と金沢市工芸展という2つの公募展において「宗桂会賞」を設け、優れた金工作品を制作された方々の表彰を行っています。
地域社会との共存・共栄を目指して
――加賀象嵌の保存・普及支援活動において、特に大切にされていることは何ですか?
山口:地域とのつながりです。普段日機装という会社やその製品と接する機会のない方々とのコミュニケーションを意識し、体験教室などのイベント運営に注力しています。また宗桂会館では、加賀象嵌の展示室だけでなく日機装の製品をPRする展示室も無料で公開してきました。
イベント時や展示をご覧いただく際に、「こんな会社が金沢にあったんですね」「日機装さんがこんな取り組みをされているんですね」といったお声もいただいており、日機装の “ものづくり” と “文化・芸術への取り組み” の両軸をご理解いただく良い機会になっているのではないかと思っています。
――日機装が、地域とのつながりを大切にする理由はどういった点にあるのでしょうか?
中田:この金沢の地に日機装がきた時には、地域の方々にほとんど私たちのことを知っていただけていない状況だったんですよね。
地域においては、やはり「地元企業」が信頼を勝ち得ていらっしゃいます。また私たちがこれからさらに素晴らしい人材を迎えて地域に根ざしたものづくりを行っていくためには、地域とのつながりを育む活動を行い、安心や信頼を得ていくことが不可欠だと思うんです。
特に文化振興に力を入れている石川県・金沢という地で、創業者とのご縁から地域の伝統工芸の振興に貢献できることは、地域産業の強化という観点でも意義あることなのではと考えています。
――ありがとうございます。それでは最後に、宗桂会の活動や地域社会とのつながりを通じて、日機装として実現したいことをお聞かせください。
山口:「地域やその文化がその地に暮らす人々から理解されている」ということは、その地域の “豊かさ” とも言えるのではないかと考えています。
今後も、加賀象嵌の認知を広め後継者を増やす宗桂会の活動を通じ、伝統工芸への理解を醸成し石川県・金沢を豊かにすることに貢献していけたらと思います。
中田:金沢には殿様がいたことでお茶文化が根付き、だからこそ茶席を飾るための生け花の文化があり、そこに花器として工芸品が使われ……とさまざまな文化が何層にも積み上げられています。
そんな文化の発展した地で培われる考え方や技術は、ビジネスにも生きてくるはずです。精緻な技を丹念に磨く加賀象嵌のものづくりの精神は「高度な技術で多様な製品をつくる」日機装の基本姿勢とも相通ずるものがあると思っています。
そんな私たちがこの地でものづくりや文化芸術活動支援に取り組むことの意義を胸に、これらの取り組みを途切れることなく未来へつないでいきたいと思います。
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