くらしを豊かに
2024/10/31
【前編】エンジンナセル部品から翼、胴体部品まで、製品の幅を広げるNikkiso Vietnam, Inc.
- 航空宇宙事業
- 航空機
- CFRP
目次
エンジン逆噴射装置部品「カスケード」を主力製品とする日機装の航空宇宙事業本部。いま製品ラインナップのウイングを急速に広げ、エンジンナセル部品から翼や胴体部品に至るまで、幅広く製造しています。その推進力となっているのは、ベトナム・ハノイ近郊で2つの工場を運営するNikkiso Vietnam, Inc.(NVI)です。
手掛ける製品は、なんと約250品目。日々、新しい製品づくりに挑戦するNVIのエネルギッシュな姿に、日本人とベトナム人の目線から前編・後編の2回で迫ります。前編は航空宇宙事業本部の大崎和也副本部長とNVIの和氣充幸工場長が、航空機業界の市場環境を踏まえながら、NVIが存在感を高めている理由を解説します。
顧客設計の製品でも、品質のカギは日機装が握る
――まずベトナムに工場を設立することになった経緯を教えてください
大崎:当社は自社設計の航空機部品「カスケード」を主力製品として成長してきましたが、事業をさらに拡大していくには、製品の種類を増やしていく必要がありました。そのため、航空機メーカーやエンジンメーカーなどの顧客自身が設計する部品の製造を請け負って、製品ラインナップを増やすことを目指し、工場を設立することになったのです。
海外の候補地はいくつかありましたが、当社のメディカル事業がベトナムのホーチミンに工場を保有しており、ベトナムの人たちと一緒に働いてきた経験が豊富にあったので、最終的に当地を工場の建設地に決定。2010年にNVIが開所しました。
――実際にベトナムに工場を設けたメリットは、どんなことが挙げられますか
大崎:グローバルエコノミーの中で、アジアは注目を集めており、顧客はサプライヤーをアジアに集約する傾向にあります。世界各地に散らばっていたサプライチェーンをアジアに集約することで、部品の輸送コストが大幅に削減できるのです。実際、アメリカの工場で製造していた部品をNVIに移管したことで、(米国)⇒(アジア2か国)⇒(米国)と非効率だったサプライチェーンを、(NVI=ベトナム)⇒(アジア2か国)⇒(米国)と効率化できた事例がありました。
こうした世界経済の動きの中で、ベトナムに工場があることは、大きなアドバンテージです。
≪トピック:アジア市場は今後も成長する見込み≫
航空機メーカーのボーイングは2023年6月、2042年までの民間航空機の新造機需要は4万2600機と予測されると発表しました。このうち、アジア太平洋地域は世界需要の40%以上を占めるといいます。アジアは今後も成長市場となる見通しです。
――NVIで製造している製品には、どのようなものがありますか
大崎:エンジン逆噴射装置の一部で、着陸時にエンジンの気流をせき止めて逆転させる「ブロッカードア」や、カスケードを据え付ける土台の「トルクボックス」、飛行機を傾かせるための可動式の翼「エルロン」、胴体部から貨物を出し入れする「カーゴドア」などがあります。
いずれもカスケードと同様に、強くて軽い性質がある炭素繊維強化プラスチック(CFRP)を使っています。カスケードはかなり複雑な構造の部品ですので、「カスケードをCFRPで製造できるのであれば、これもできませんか」と、お客さまから技術力を頼りにされて、注文を頂いています。品質の高さと納期厳守の実績も、お客さまのNVIに対する期待感を後押ししているでしょう。
また、ベトナムで最初に作り始めたブロッカードアは、金属やハニカムコアなどカスケードでは使っていない素材も採用しています。取り扱いに長けた材料が増えたことも、製品ラインナップが拡大した要因です。こうして、エンジンナセル、翼、胴体…と、製造する部品の領域を広げてきました。
――もともと日本にあった技術をベトナムに移管していくのは難しい作業でしたか
大崎: 難しかったですね。ブロッカードアを製造するにあたっては、ベトナム人の技術者を日本に招き、日本で作業工程を確立してトレーニングを積んでもらった後に、ベトナムで生産を開始しました。次に取り組んだトルクボックスも日本で工程を確立しましたが、その後はベトナムで工程の立ち上げを行うようになりました。それだけ、NVIとして実力が付いたということです。
――顧客が設計した部品を製造することにも、難しさはあるのでしょうか
大崎:そうですね。顧客が設計した部品を製造する場合には、製品図面やスペック(仕様書)の要求を満たさなくてはいけません。そこには、例えば、何度(℃)で、何分掛けて焼き固めなさいという条件が書かれています。しかし、どのような治具(製品を製造するための道具)を使って、何に気を付けながら、どのように作業するという、具体的なやり方がすべて書いているわけではありません。詳細な製造工程はサプライヤーに委ねられており、良いものが出来るかどうかはサプライヤーの製造ノウハウ次第です。こうしたスペックの要求に従いながら、日機装として独自に製造工程を設定していくことを、「工程の確立」と呼んでいます。
工程が確立されると、顧客が立ち会って製品の品質をチェックするイベントがあります。要求通りの寸法になっているか、内部に欠陥はないか、品質は安定しているか、など細かく確かめます。こうした厳正な審査が待ち受けているのです。
しかし、どうしても、すべての条件を満たして製造することが難しいことがあります。可能な限りできないかと試行錯誤しますが、そもそも図面に問題が存在することもあるのです。その場合には、理由をきちんと提示して、条件緩和を依頼したり、別のやり方を提案したりします。こうした提案を実施しないと、量産が始まっても不適合品が大量に出て、ビジネスが成り立たなくなってしまいます。
――顧客からの信頼がないと、そのような提案を受け入れてくれませんね
大崎:うーん、逆ではないでしょうか。 出来ないことを真摯に包み隠さず伝えること。そして、代案を一つひとつ提案すること。そうすることによって、初めて信頼が生まれるのだと思います。これはメーカーとして当たり前のことだと考えています。しかし、工夫を施してさまざまな可能性を試したうえで「それでも実現不可能」と判断していますので、簡単なことではありません。技術や経験があるからこそ、できることだと自負しています。
3つの強み―地政学的優位、国民性、組織の充実
ここからは現在、NVIの工場を率いている和氣充幸工場長に、お話を伺います。
――直近で製造している製品を教えてください
和氣:NVIでは現在、機種ごとの細かな仕様の違いなどを含めると計250品目ほどの部品を製造しています。中でも現在、初出荷に向けて動いているのが、エアバスA220の部品です。A220は100-160席クラスの小型機で、主に国内線や近距離の国際線に利用されます。新型コロナ禍で落ち込んだ航空機需要の回復を牽引しているのがA220のような小型機で、その需要回復に伴う増産に耐えうるサプライヤーとして、エアバスが白羽の矢を立てたのがNVIでした。
――NVIの強みはなんでしょうか
和氣:3つあると思います。
一つは地政学的強みです。NVIが立地するベトナムは経済成長を遂げていますが、南北に広い国土のわりに鉄道網が発達していません。そのため、飛行機での移動が多く、今後さらに航空機の需要が拡大すると考えられています。
たとえばエアバスやボーイングが、政府系のベトナム航空に自社機を買ってもらおうとする時、「ウチの飛行機は、メイド・イン・ベトナムの部品が採用されていますよ」というのは強力な売り文句になります。「買ってくれれば、ベトナム経済の活性化につながります」と、幅広い経済効果までアピールできますから。ベトナムでコンポジット製品を作りたかったら、NVI以外に見当たりません。そのため、航空機メーカーはNVIで部品を作りたがるんです。
もう一つは、ベトナム人のまじめな国民性です。私は2年前にNVIに赴任しましたが、ベトナム人のスタッフたちは決められたことをしっかりやってくれると、日々感じています。なので、とても信用できるパートナーです。NVIを訪れるお客さまからも、驚かれるほどです。特に厳しい認証制度によって品質が保たれている航空機産業ですから、真面目さはお客さまに安心感を与えていると思います。
3点目が、NVIの組織としての充実です。日本の日機装との連携が綿密に取れており、技術的な支援を受けられたり、日機装のガバナンスによる良い緊張感の下で仕事ができたりしていることです。一方で、現地ではベトナム人のマネジメント層に入ってもらい、日本人とベトナム人がフラットで良好な関係性を築けています。
「品質が高く、量産できる」2つの工場を生かし受注増やす
———先ほど増産に耐えうるサプライヤーとして、エアバスから受注を得たと伺いました。なぜNVIは受注を増やしているのですか
和氣:NVIは現在、2つ工場を持っています。ベトナム第1工場(延床面積:約29,500m²)は2011年に操業を開始しましたが、フル稼働状態となってしまい、お客さまからの仕事を受けられない状態になってしまいました。そのため、ベトナム第2工場(延床面積:約35,500m²)を建設し、2018年に操業を開始しました。
しかし、直後に新型コロナ禍があり、世界的に航空機の製造がストップ。第2工場でも思うように稼働率が上がらない時期が続きました。
コロナ禍が落ち着いて航空需要が戻ってきたため、航空機メーカーは機体製造のペースを上げたいのですが、世界のサプライチェーンはコロナ禍で打撃を受け、思うように生産ペースが上がっていません。そんな中で、「品質が高く量産できるところを」と新たなサプライヤーを探す航空機メーカーは、第2工場に余裕があるNVIに白羽の矢を立てているのです。
(後編は和氣充幸工場長と3人のベトナム人マネージャーから、多品目の製造を実現している現場のカイゼン活動や取り組みについて話を聞きます。)
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