くらしを豊かに
2022/07/01
カリフォルニア州で進む水素ステーション導入|水素社会の未来を現地からレポート
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目次
CO2フリーを可能にする、究極にクリーンなエネルギーとして期待が寄せられる「水素」。技術的・経済的・社会的な課題の多さから、普及には時間がかかると捉えられていましたが、気候変動の深刻化や環境意識の高まりなどを背景に、世界中で導入に向けた取り組みが本格化しています。
中でも、積極的な水素供給インフラの整備促進で注目を集める地域の一つが、アメリカ・カリフォルニア州です。2012年7月には “燃料電池自動車の普及に向けたロードマップ” を官民連携で策定し、水素ステーションの整備を進めています。
今回は、そんなカリフォルニア州で5年にわたり水素関連ビジネスの展開に携わった、村上 輝好氏にインタビュー。「水素利用の拡大」をテーマに、カリフォルニア州の実態と日本の未来について話を聞きました。
村上 輝好:インダストリアル事業本部 クライオ事業部にて、液化ガス関連機器を扱い国内で事業開発を手がけるほか、海外のグループ会社との連携を担う。2021年6月まで5年間アメリカ・カリフォルニア州に駐在。液化水素関連機器をフルターンキー(※)で提供する事業ユニットの立ち上げ〜展開と、グループ間での事業及び製品開発の促進、市場調査を担当した。 ※ 設計から機器・資材などの調達、建設、試運転までを一気通貫で行い、製品をすぐに使える状態でお届けすること (※所属・肩書は取材時点のものです) |
人々の日常にも水素が溶け込む、アメリカ・カリフォルニア州
――まずは、実際に現地の様子を見てこられた方の視点から、カリフォルニア州の水素利用実態について教えてください。具体的にどのような場面で活用がなされているのでしょうか。
アメリカで一番に水素の活用が進んだのは、物流領域の「フォークリフト」だと言われています。
ディーゼルのフォークリフトでは排ガスの発生により空気の汚染が著しく、労働環境としても適切ではないことから、物流業界ではいち早くEVフォークリフト導入による電化が進められました。しかし、EVはバッテリーを充電するのに多くの時間がかかり、また交換用の充電済みバッテリーを貯めておくために、スペースやコストがかさんでしまうという課題があったのです。
水素を使った燃料電池フォークリフトであれば、これらの課題を解決できることから、物流施設への導入が急速に進んできました。大手スーパーやECサイトの物流倉庫では、1箇所につき数百台もの燃料電池フォークリフトが動いているところもあるほどです。
――実際に、ご自身の生活の中で水素の普及を実感されるような場面はありましたか?
生活に近いところでは、フリーウェイを走っている中で、水素自動車を頻繁に見かけたことが強く印象に残っています。
それも、バスや公用車などではなく、一般市民の方々が乗られているんです。実際に水素ステーションを訪れてみても、車がひっきりなしに来たり、行列ができて充填を待つドライバー同士が会話をされていたり。日本ではなかなか見かけない様子だなと感じました。リースで水素自動車を使用することで経済的にも手軽に導入ができるんですよね。
水素ステーションには、多い時には1日に100台以上もの自動車が水素の充填に訪れるそうです。現在は、このモビリティセクターでの水素利用を広げていこうと、バスや大型トラック向けステーションの積極的な整備も行われています。
――産業分野だけでなく生活に近いところまで、広く水素利用が進んだ要因をどのように捉えていますか?
もともとカリフォルニア州は、世界最高水準の自動車排ガス規制を設け、アメリカの環境規制を牽引してきた地域です。そういった歴史を背景に、環境に対する意識が高いという点は大きいと思います。
また、州政府が環境に対する意識を持ち、産業界と一緒になって普及のための「仕組みづくり」を行っている点は重要なのではないでしょうか。
やはり、単に「環境に悪いからガソリン車を使うのはやめましょう」と言っても、変化は起きづらいんですよね。カリフォルニア州政府は、ドライバーにとっても水素ステーションを作って運営する方にとってもメリットがあるように、工夫しながらサポートに取り組んでいるんです。
普及のカギは、ドライバー・ステーション運営者の双方にメリットのある仕組みづくり
カリフォルニア州の水素ステーション(ファーストエレメント・フューエル社提供)
――ここからは、カリフォルニア州政府による水素普及に向けた「仕組みづくり」について、くわしくお聞かせください。まず、ドライバーにとってメリットのある施策とはどのようなものですか?
まず一つは、「使いやすさ」を重視して水素ステーションを整備することです。
州政府はステーションを整備する際に、民間の方々の意見を吸い上げています。「このエリアは車が多いから、ステーションを作って充填機を何台置いてほしい」「人口が少ないエリアだから、ステーションは不要」などの声をもとに建設を進め、ドライバーが行きやすい場所にステーションができる仕組みになっています。
また水素ステーションがどこにあるか、そしてそれぞれのステーションが現在稼働しているか・止まっているかは、オンラインで確認が可能です。「一番近くで “いま” 充填ができるのはどこか」がわかるので、生活や仕事で車を使う一般の方々にも便利ですよね。
――従来のガソリン車からのシフトを進めるには、土台としてやはり便利さが重要になるのですね。
そうですね。そのうえで、さらにドライバーが水素自動車に乗るメリットを感じられるように、主に2つの施策が行われています。
一つは、2人以上が乗り合わせる“カープール”をしている車や、環境に優しい車が通れる「優先レーン」を設けること。水素自動車に乗っていれば、渋滞の多い一般レーンを通らず優先レーンを使うことができます。スムーズに目的地に着けるというのは、とくに通勤の方にとってメリットになりますよね。
そしてもう一つは、コスト面での優遇です。現在は、一定の条件を満たせば水素を実質、無料で充填することができます。まだ無料のステーション数は50程と少ないですが、コスト面でメリットが得られる形になっています。
――水素ステーション運営者にとってのメリットについても教えてください。
こちらは費用面のサポートが中心です。水素ステーションを作って運営するにあたっては、まとまった初期投資が必要ですし、稼働させ続けるにも一定のコストがかかります。カリフォルニアには、初期投資を補助する制度があるほか、充填機の稼働状態が基準に達していれば、ランニングコストについても補助金を投じる仕組みになっています。
さらに、再生可能エネルギー由来の水素を多く販売すれば、CO₂削減量に応じて補助が出るような制度もあります。水素ステーションをうまく運営して「ビジネス」として成り立たせるためのサポートが充実しているため、参入しやすい状況が生まれているのでしょう。
国土が狭い日本 “ならでは” の、水素利用の未来とは
――カリフォルニアの様子を知る村上さんの視点から、日本の水素利用の現状はどのように見えていますか?
日本の水素利用は、まさに “これから” というところではないでしょうか。
日本では、「水素ステーションの数がある程度揃わなければ、その後普及していかない」という視点に立ち、ステーション建設の初期投資に対する補助に力を入れています。実際に、大都市を中心にステーション網はかなり広がっていますし、地方でも目にする機会が増えてきました。
しかし、現在はドライバーに直接メリットのある制度が整っていないために、「使い勝手がいい」レベルまで達しているとは言い切れず、まだガソリン車からのシフトを後押ししきれていない印象です。
――「ステーションは少ない中でも、ドライバーが使いやすいように」というカリフォルニアに対し、日本ではステーション数が重視される傾向にあると。
そうですね。その点には、ターゲット層の違いが大きく関わっていると思います。現在の日本では、水素自動車は公用車としても使われています。一般のドライバーを中心に見ているアメリカと、官公庁や大企業の利用も検討している日本とでは、方針も変わってくるのでしょう。
――今後、日本の水素利用はどのように進んでいくとお考えですか?
アメリカのようにモビリティ領域をさらに拡大、というよりは「発電用燃料」としての利用が進んでいくのではないでしょうか。日本は国土が狭く送電網が行き渡っているので、水素を電気に変えて利用することへの需要と期待が大きいように思います。
現在は、発電所で用いるエンジンやタービンの開発に向けた取り組みが国内でいくつも始動しているほか、国内では賄いきれない水素の供給を確保するために、輸入に向けたサプライチェーン整備が進んでいます。2025年から30年にかけてそれぞれの実証を進め、30年以降に普及、商用化を目指す流れになると考えられます。
「カリフォルニアでの実績を礎に、水素利用の拡大、そして脱炭素社会の実現に貢献したい」
――水素利用の普及に向けて、日機装ではどのような考えで・どのような取り組みを進めているのでしょうか。
モビリティセクターで水素利用の動きが加速する中で、一つ考えなければいけないのが「水素をガスと液体のどちらで取り扱うか」という技術的な問題です。
液体にすると、極低温まで冷却が必要な分コストがかかるものの、蓄えられるエネルギー量はガスに比べて大きくなります。このことをふまえ、今後さらに水素利用が広がる中で大量充填を可能にするためにも、液体水素で水素ステーションを運営していくことが重要になると考えています。
そこで、まずはカリフォルニアを中心として、水素を「液体」の状態で取り扱うための機器とエンジニアリングのご提供に注力しています。
――提供している機器とエンジニアリングについて、くわしく教えてください。
扱っているのは、液体水素を扱う特殊ポンプや、最終的に水素をガスの状態にして自動車に充填するための気化器といった機器が中心です。
ただ、単にこれらの機器を納品して終わりではありません。「どのくらいのドライバーに対して、どのくらいの量の水素を販売する想定か」「どのくらいのスペースがあるか」などの条件に合わせて、最適な機器の構成やシステムデザインをご提案し、設計から機器の調達、建設までを一気通貫で手がけることで、より効率的なステーション運営に貢献していこうと取り組んでいます。
――日本における取り組みとしてはいかがですか。
「発電用燃料」の軸では、輸出入を行う際の水素の積み下ろしや発電所への供給などに欠かせない、極低温の液体の輸送を可能にするポンプの製品開発とそれぞれの用途に合わせたポンプシステム開発に力を入れています。
「モビリティ」の軸では、国のプロジェクトである「液体水素で飛ぶ飛行機」の開発に、タンクから水素を払い出してエンジンに送るためのポンプ開発を担う立場として、参画しています。
また現在日本では水素自動車がまだ少ないため、水素ステーションでは水素がガスの状態で使われていますが、稼働率が高まればやはり液化水素として取り扱う必要性が出てきます。そうした中で、日機装がこれまでのノウハウを活かして貢献できる幅も広がっていくのではと捉えています。
――それでは最後に、水素利用のさらなる普及に向けた今後の展望をお聞かせください。
カリフォルニアでは、直近1,2年中のバス・大型トラック向け水素ステーションの適用に向けて。日本では、2025年~30年の発電用燃料としての商用化に向けて、さまざまな時間軸で製品を展開し、広くニーズに応えていきたいと思っています。
またカリフォルニアの先進的な取り組みで積んだ実績を礎に、“使う場所に大量に運ぶ” ための仕組みを技術的に確立し、ほかの国にも展開していきたいです。スケールを拡大し供給を増やすことで「よりよいものを、より安く」にアプローチし、水素の普及に、ひいては脱炭素社会の実現に貢献していければと思います。
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