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2025/11/28

空飛ぶクルマが大阪の空を舞う【前編】──万博の現場から、ANA×Jobyが語る新たな空のモビリティ

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空飛ぶクルマが大阪の空を舞う【前編】──万博の現場から、ANA×Jobyが語る新たな空のモビリティ

目次


2025年10月、大阪・関西万博で、ANAホールディングスとJoby Aviationによる空飛ぶクルマのデモンストレーション飛行が実現しました。誰もが夢見た未来の乗り物は、もはや夢物語ではありません。現地の臨場感あふれるデモフライトの様子や、ANAホールディングスの保理江さんとJoby Aviationの小早さんへのインタビューをお届けします。

現地レポート:大阪・関西万博でのデモフライト

夏の暑さが残る青空の下、バーティポート(垂直離着陸場)のフェンス前には、期待に胸を膨らませた多くの観客が集まっていました。大きな格納庫から、ゆっくりと姿を現したのは「空飛ぶクルマ」として知られるeVTOL(電動垂直離着陸機)。白いJobyの機体にANAを象徴する青のカラーリングが施され、側面には大阪・関西万博の公式キャラクター「ミャクミャク」の姿ものぞく、特別仕様の「Joby S4」です。

約10分後、最終整備を終えた機体の6つのローターがゆっくりと回転を始めました。わずか数十秒のうちに、機体はあっという間に空へと浮き上がります。海上を旋回し、万博のシンボルである大屋根リングの方角へ。やがて視界から消えていきました。

「もうすぐ戻ってきます」というアナウンスが流れると、観客の視線は空へ向けられます。建物の陰から機体が現れた瞬間、一斉にカメラのシャッターが切られました。最も驚かされたのは、その静かさと速さです。どこから現れるのか音では判別できません。そしてその速度は、カメラで捉えるのが困難なほど。

何度か会場を周回し、約12分のフライトを終えた機体がゆっくり着陸すると、観客からは自然と拍手が沸き起こります。着陸後、Jobyのパイロットや関係者がフェンス越しに観客とハイタッチ。そのフレンドリーな様子に、会場全体が明るい一体感に包まれました。

会場を沸かせた「Joby S4」のデモフライト。ここからは、今回のフライトを実現した2人の立役者、ANAホールディングスの保理江氏とJoby Aviationの小早氏に実現までの道のりと空飛ぶクルマの技術・魅力を伺います。

保理江 裕己:ANAホールディングス株式会社 未来創造室 モビリティ事業創造部 エアモビリティ事業チーム 事業開発/パートナーシップ リードマネージャー。2009年に入社後、技術系職種を経て2016年から新規事業開発に携わる。現在はJobyとの協業により、日本国内の空飛ぶクルマを活用したエアタクシーサービスの実現を目指す。


小早 康之:Joby Aviation Inc.にて日本事業責任者を務める。トヨタ自動車のエンジニアを経て、2020年にJobyに転職。トヨタとJobyの協業マネジメントに従事した後、現在は日本市場でのeVTOL実用化を推進。


(※所属・肩書は取材時点のものです)

大阪・関西万博でのデモフライト実現

―――今回、どのような経緯でeVTOLのデモフライトに至ったのでしょうか?

保理江:ANAホールディングス株式会社(以下、ANA)とJoby Aviation Inc.(以下、Joby)は、日本国内での空飛ぶクルマの運航を目指し、2022年2月にeVTOLに関するパートナーシップを発表しました。国交省が「空の移動革命に向けた官民協議会」を主催するなど、官民連携で空飛ぶクルマを導入していこうという大きな流れがある中で、2023年2月には大阪・関西万博における「未来社会ショーケース事業出展」のうち、「スマートモビリティ万博」の空飛ぶクルマ運航事業者のひとつとしてANAとJobyが選定され、今回の万博でのJobyとのデモフライト実施に至りました。

ANAホールディングス 保理江さん

―――お二人はデモフライトをどうご覧になられましたか?観客からの反応も大きかったと思います。

保理江:そうですね。私がデモフライト中、外に立ってアナウンスをしていると、直接「早く乗ってみたい!」という言葉をいただきました。「私が死ぬまでには乗れる?」なんて、大阪ならではの冗談も飛び出しましたよ(笑)。アンケートも集めているのですが、「静かだった」「早かった」「感動した」「未来のものと思っていたのに、現実になっていて驚いた」など、いろいろな声がありましたね。私自身も早く乗ってみたいと思っています。空飛ぶクルマの中でも、Jobyの機体が一番初めにお客さまを乗せて飛ぶと信じられるデモフライトでした。

小早:実は、事前告知をして一般の観客を集めたJobyのデモフライトは、今回の万博が世界初でした。これまでも民間空港でのテストフライトや一般の観客には非公開のデモフライトは行っていましたが、こうした形で多くの方々に公開するのは初めてです。普段のテストではこんなに賑やかな環境で飛ぶことは無いので新鮮な経験でしたし、皆さんの歓声を聞いてJobyのメンバーも嬉しそうでした。

Joby S4:次世代モビリティの技術力

Joby Aviation 小早さん

―――今回のデモンストレーションに使われた機体、「Joby S4」について教えてください。

 小早:一口に「空飛ぶクルマ」と言っても、いくつかの種類がありますが、Jobyの機体は「ベクタードスラスト」というタイプのeVTOLです。飛行機と同じく翼で飛び、高速性と長い航続距離に特長があります。今回フライトした「Joby S4」は、最高速度が時速320km、航続距離は160kmを誇ります。

 ―――新幹線と同じくらいの速度とは驚きです。安定して飛行している印象でしたが、実際に安全性に関する仕組みはどうなっているのでしょうか?

 小早:安全性に関しては様々な工夫が施されています。例えば、「Joby S4」の機体はプロペラが6つついていますが、それに直結した電動モーターがそれぞれ独立して制御できるようになっています。たとえ1つ停止したとしても残りのプロペラで飛行できる設計です。具体的には、不具合が起きたプロペラの対角にあるプロペラを意図的に停止させ、機体のバランスを保ち、残る4つのプロペラで安定した飛行を継続させるなどの対応が可能です。

さらに、バッテリーパックを4つ搭載しており、それぞれが複数のプロペラのモーターにつながっています。つまり、1つのバッテリーが使えなくなっても、エネルギーの供給が止まらない仕組みです。これら以外の重要な機能もそれぞれ複数搭載されています。万が一故障が発生しても飛行を続けられるように、という冗長性を担保した設計思想でつくられているのです。

 ―――eVTOLは機体の軽さも重要と伺いましたが、冗長性と軽さとの両立はできるのでしょうか?

小早:モーター1つは手で持ち上げられるくらいの軽さにしており、全体としては一般的な自動車一台分程度の重さと変わらないぐらいです。構造部品は炭素繊維でできているので、機体自体がかなり軽くできています。

空飛ぶクルマがもたらす未来

―――ずばり、空飛ぶクルマの良さは何でしょうか?

保理江:静かで高速、さらに垂直離着陸ができて長い滑走路が不要なので、都市部での利用が可能です。「エアタクシーサービス」にすることにより、空飛ぶクルマが身近になれば、移動時間を劇的に短縮し、時間の有効活用につながります。

さらに、eVTOL(Electric Vertical Take-Off and Landing)という名前のとおり、電気で動くため排気ガスを出さず、環境にやさしいサステナブルなモビリティです。騒音という観点でも、運航時に地上に届く音は図書館レベルの音と言われており、街中ではほとんど気にならないレベルです。人にも環境にも優しい乗り物と言えますね。

 ―――確かに、先ほどのデモフライトでは、近くを飛んでいるのに気づかないくらい静かなことに驚きました。他に保理江さんが感じる空飛ぶクルマの魅力はありますか?

保理江:今お伝えした「利便性」や「環境配慮」の観点からのメリットはよく言われていますが、個人的に感じているのは、雲の下を飛ぶので、美しい地上の景色を楽しみながら、鳥のような「飛ぶ感覚」を味わえるのではということです。移動そのものが楽しくなる、人々の心を豊かにするモビリティになると期待しています。

【後編】へ続きます。