くらしを豊かに
2025/12/03
空飛ぶクルマが大阪の空を舞う【後編】──ANA×Jobyが語る商用化への挑戦と日本のものづくり
- eVTOL
- CFRP
- 航空宇宙事業
目次
前編では、大阪・関西万博でのデモフライトレポートと、ANAホールディングスの保理江さん、Joby Aviationの小早さんに、空飛ぶクルマの魅力や「Joby S4」の技術について語っていただきました。
後編では、引き続きお二人に万博でのデモフライトの意義や商用運航へ向けた取り組みを伺いました。さらに、2021年にJobyのサプライヤーに選定された日機装で、eVTOL部品開発に携わる森田さんにも、デモフライトを見た印象と今後の展望を聞きました。
保理江 裕己:ANAホールディングス株式会社 未来創造室 モビリティ事業創造部 エアモビリティ事業チーム 事業開発/パートナーシップ リードマネージャー。2009年に入社後、技術系職種を経て2016年から新規事業開発に携わる。現在はJobyとの協業により、日本国内の空飛ぶクルマを活用したエアタクシーサービスの実現を目指す。 小早 康之:Joby Aviation Inc.にて日本事業責任者を務める。トヨタ自動車のエンジニアを経て、2020年にJobyに転職。トヨタとJobyの協業マネジメントに従事した後、現在は日本市場でのeVTOL実用化を推進。 森田 学:宮崎日機装 航空宇宙技術センター 技術第二部所属。2018年に入社後、航空機部品の製造開発を経て、eVTOLプロジェクトのプロジェクトリーダーを務める。 (※所属・肩書は取材時点のものです) |
大阪・関西万博でのデモフライトの意義
―――今回のデモフライトには、どのような意義があったと思われますか?
保理江:多くの皆さまが「空飛ぶクルマ」を体感したということに、大きな意義があったと感じています。デモフライトが始まった10月の1日の万博来場者数は20万人~25万人。デモフライトは大屋根リングの上からも見えますから、仮に半数の方に見ていただけたとすると、1日約10万人。デモフライトは計11日間実施しましたので、延べ約110万人の方々が、JobyのeVTOLの飛行を目にした可能性があります。これは実に国民の約1%に相当する数字です。
機体や飛行の様子を間近で見たことで、「空飛ぶクルマ」が現実のものになっていると実感していただけたこと、そしてそれ以上に「乗ってみたい」という期待の声が寄せられたことは、非常にありがたい成果です。
大屋根リングの上から見た空飛ぶクルマ
―――世界でも色々な「空飛ぶクルマ」の取り組みがある中、大阪・関西万博でのデモフライトで日本の状況はどう変わったのでしょうか?
保理江:万博でのデモフライトは、日本で空飛ぶクルマを受け入れるための大きな一歩になったと考えています。
まず、航空機を飛ばすにはその国の許可基準に基づく審査が必要ですが、空飛ぶクルマのような新しい乗り物には、これまで明確なルールがありませんでした。日本では2023年度末に、「空の移動革命に向けた官民協議会」において万博での飛行に向け、初期飛行に耐えうる制度整備が完了し、審査の土台が整いました。
また、受け入れ体制も重要です。日本では国や自治体が新しいモビリティを支援しており、今回の万博は、空飛ぶクルマが進出しやすい環境づくりに貢献したと感じています。
商用運航へ向けた取り組み
―――万博で飛んでいるところ見て、早く乗りたい、と楽しみにしている方も多いと思います。商用化へ向けた動きを教えてください。
小早:商用運航にあたっては、航空機と同じく、機体の安全性を認証する型式証明を取得する必要があります。現在、Jobyの本拠地であるアメリカで、米連邦航空局(FAA)の型式証明の審査が最終段階に入っています。さらに、量産にあたっては製造証明も必要になります。まだハードルはいくつか残っていますが、着々と進んでいる状況です。
保理江:空飛ぶクルマを運航するためには、環境の整備も必要です。環境には法律などの制度面と、離着陸場などの設備面の2つがあります。制度面では、先ほどお伝えしたように、万博での運航にあたりルールが整備されました。
設備の点においては、バーティポートや格納庫(ハンガー)といった空飛ぶクルマの離着陸のためのインフラが必要になります。ここは野村不動産さんやイオンモールさんなどと協業しながら、設置場所などの検討を進めています。
ゆっくりではありますが、それぞれ着実に進んでいるという手ごたえを感じていますし、今回の万博で関係者の皆さまに実際の飛行を見ていただいたことが追い風になると考えています。
ANAホールディングス 保理江さん―――実際に商用運航をするにあたり、ANAさんにはどのような強みがあるのでしょうか?
保理江: eVTOLをエアタクシーサービスとして活用する場合、限定的なタイミングで飛ばすことが多いヘリコプターと違って、1日に何度も決まった時間に飛ばすことが想定されます。この点、ANAは毎日1,000便以上の飛行機の運航を行っており、1日に6,7回フライトする機体もあります。そのため、高頻度で機体を飛ばすノウハウは十分です。
今回のデモフライトでは、ANAの運航管理のスペシャリストがJobyのチームをサポートしました。1日2~3回の飛行でしたが、やはりANAのこうした強みを発揮できると感じましたね。ANAの社員は皆、「定時運航」という1つの目標に向け多方面に働きかけながらミッションを遂行する、そのやり方が体に染みついているんです。
eVTOLのパーツを手がける日機装
Jobyの機体には軽量化のための炭素繊維強化プラスチック(CFRP)製部品が多く使われています。CFRPの一体成形技術に強みを持つ日機装は、2021年にJobyのeVTOLの構成部品を供給するサプライヤーに選出されました。
今回のデモフライトには、日機装からもプロジェクトメンバーが見学に参加。eVTOLのプロジェクトリーダーを務める技術者の森田学さんに、デモフライトの印象と今後の展望をインタビューしました。

―――万博でのJobyのeVTOLデモフライトを見て、どう感じましたか?
森田:ちゃんと目の前を飛び回るのを見たのは初めてでしたし、関係者ではない一般の方がいらっしゃる中での飛行を見たのも初めてでした。観客の方が写真を撮影したり、すごい、といった声を上げてくれたりするのを見て、eVTOLに携わる身として純粋に嬉しかったですし、注目されている取り組みなんだなという実感が湧きました。
―――eVTOLのサプライヤーとしての展望や、貢献していきたいことを教えてください。
森田:今までにない新たなモビリティであるため、開発にあたっては様々な課題がありますが、Jobyの皆さまなど関係者と連携しながら、日機装のCFRP成形技術を活かし、担当する部品の幅を増やしていきたいと考えています。また、本格的に普及していく将来を見据え、航空機部品で培った品質管理のノウハウで部品の安定供給にも貢献していきたいですね。
―――保理江さんは、機体を運航する立場から、日機装にどのような期待をされていますか?
保理江:日本の上空を飛行する機体を、日機装という日本のメーカーが支えているということは大切ですし、心強いと感じます。日機装のものづくり力を今後も生かしていってほしいと期待しています。
左:日機装 森田さん 右:ANA保理江さん
空飛ぶクルマは次のステージへ
―――「エアタクシー」について今後の展望を教えてください。
保理江:2025年の8月にANAホールディングスとJoby Aviationは合弁会社設立の本格検討を開始することを発表しました。まずは合弁会社を立ち上げ、新しいサービスをローンチしていくことが次のステップとなります。
社会実証をするのもハードルが高いと思いますが、トヨタ自動車などのパートナーとも連携しながら、良いチームワークで進めていきたいと考えています。将来的には100機以上のeVTOLの導入と、首都圏をはじめとした日本全国への展開を目指します。

これまで「想像上の乗り物」だった空飛ぶクルマは、万博のデモフライトによって、多くの人の目に現実のものとして映りました。「もし実現したら」ではなく、「いつ実現するか」。空飛ぶクルマをめぐる議論は、そうした段階へと移っています。
ANAの保理江さんが語った「移動そのものが楽しくなる」という言葉のとおり、速くて便利なだけでなく、鳥のように飛ぶ体験ができる。そんなワクワクする移動手段が、もうすぐ私たちの選択肢に加わろうとしているのです。
ANAの確かな運航力、Jobyの先進技術、そして日本のものづくりが支える信頼性。これらが結集した空飛ぶクルマに私たちが乗る日もそう遠くありません。
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