くらしを豊かに
2023/08/09
熾烈!「空飛ぶクルマ」開発競争│生き残るeVTOLメーカーは?【パリ航空ショー現地レポ#1】
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目次
世界最大級の航空機の展示会「パリ航空ショー」が、2023年6月にフランス・パリで開かれました。この航空ショーはロンドン近郊ファンボローと毎年交代で開催されていますが、新型コロナウイルス禍での中止もあって、パリ開催は4年ぶりです。
世界の航空需要がコロナ前の水準に戻り、久しぶりに“フルスロットル”の活況を見せた今年のエアショーの模様を、現地を訪れた日機装の齋藤賢治・航空宇宙事業本部長が独自の視点で2回に分けて語ります。
前編のテーマは、日本では「空飛ぶクルマ」とも呼ばれるeVTOL(Electric Vertical Take-Off and Landing aircraft)です。電動で垂直に離着陸できる特徴を持つeVTOLは、今年の航空ショーの主役に躍り出ました。新たなモビリティ(移動手段)として各社が熾烈な開発競争を繰り広げていますが、競争を勝ち抜くカギはどこにあるのでしょうか。
齋藤 賢治:航空宇宙事業本部長。金融機関で欧米ビジネスを手掛けた後 、2020年に当社入社。2022年から現職。主力製品であるカスケード事業を伸ばしながら、当社の強みであるCFRPを生かして、eVTOLなど新規ビジネスの開拓に取り組んでいる。(※所属・肩書は取材時点のものです) |
初の専用展示エリアが登場、デモ飛行に熱視線
——温室効果ガスの排出が抑えられたり、離発着場所の自由度が高かったりするなどのメリットがあり、eVTOLの注目度が高まっています。今年のパリ航空ショーではどのように紹介されていたのでしょうか。
齋藤:昨年のファンボローで開催されたショーでは、パネルが少し展示されていただけでしたが、今回は「パリ・エア・モビリティ」と呼ばれるeVTOL専用展示エリアが初めて設けられ、各社がブースを並べていました。
それも入口近くの目立つ場所にあり、一番のにぎわいを見せていました。eVTOL関係者の中には、これまで航空業界にいなかった“新顔”も多かったのですが、かなり大きなブースを作っていて、人を呼び込んでいましたね。
——注目の企業はどこだったのでしょうか。
齋藤:実機を持ち込んでいた中で、一番力が入っていたのはドイツのスタートアップ企業ボロコプター(Volocopter)でした。同社はeVTOL「ボロシティ(VoloCity)」を2機展示してましたが、このうち1機を使ってeVTOLの中では唯一のデモ飛行を披露しました。ボロコプターは、来年のパリ五輪・パラリンピックでボロシティを実用化することを目指していますが、それに向けたアピールということでしょう。
屋外に展示されたボロシティ
ボロシティに限らないですが、eVTOLは離陸が本当に静かで、フワッと垂直に上がります。風が来なければ、背中にいても気づかないほどです。一つ一つのプロペラが制御され、ものすごく安定しています。5分ほど会場上空を旋回していましたが、やはり観客からも人気でしたね。
——ボロシティ以外のeVTOLの展示状況はいかがでしたか。
齋藤:各社は「実用化が近いですよ」とアピールに躍起で、紹介するビジネスモデルもさまざまでした。
日機装が部品を供給している米国のスタートアップ企業ジョビー・アビエーション(Joby Aviation)は、アーバンモビリティを売りにしています。ニューヨークやカリフォルニア、ロサンゼルスなどで、空港から市街地まで急いでいるビジネスマンらを運ぶエアタクシーとしての活用を考えています。キャビンは大きくて、パイロット1人と乗客4人乗り。内装はシンプルですが、タクシーらしく座り心地が良い感じです。
ジョビー・アビエーションのeVTOL 出典:Joby Aviation
ジョビーは、米配車サービス大手ウーバー・テクノロジーズやデルタ航空から出資を受けています。例えば、ウーバーのアプリで電気自動車(EV)を呼び、15分くらいでバーティポートと呼ばれる離発着場へ。そして、eVTOLで空港に向かい、ジョビー専用の入り口を通ってすぐ飛行機に乗る。そういった一連の流れが、全部ウーバーのアプリで完結するような仕組みが、来年ぐらいから始まります。
米アーチャー・アビエーション(Archer Aviation)や英バーティカル・エアロスペース(Vertical Aerospace)もジョビーと近い考え方ですが、より旅行客向けで大きな荷物が載せられます。ボロコプターはエアタクシーに限らず、離島に急いで医者を運ぶようなことも想定しているようですね。ブラジルの航空機大手エンブラエル社傘下のイブ・エアモビリティー(Eve Air Mobility)は、キャビンのみを展示していましたが、豪華でした。富裕層をターゲットにするのでしょうか。
イブ・エアモビリティーが展示したeVTOLのキャビン
ショーを通じてeVTOLの立ち位置が固まった
——eVTOLが目立った今回のパリ航空ショーをどのように総括していますか。
齋藤:eVTOLが本格的に展示されたことにより、パリ航空ショーは大きな変貌を遂げたように感じました。コロナ前までは飛行機が飛び交う「飛行機ショー」でしたが、今回はいろんな航空形態の展示があり「エアモビリティショー」といった様相でした。
大陸間移動のような長距離飛行は、依然として大きな飛行機の出番ですが、「“ラスト・ワン・マイル(=最終目的地までの短い距離)”の飛び方はこういうのでやろうよ」と、パリ航空ショーを通じてeVTOLの立ち位置が固まってきたのだと思います。
さまざまなタイプのeVTOLが出そろったのは、どんな用途で使うのか、どのマーケットを狙うのか各社がきちっと決まってきたということの表れでしょう。これまでは、まず機体を安全に飛ばすことが大事でしたが、安全性の問題は各社ともすでにクリアしています。今回はさらに、どんなマーケットを明確に見据えて、どんな意図で商品を開発していくのか、まだ途上ではありますが、狙う先が見えてきたというように思います。
生き残るかはビジネスモデル次第
——各社が熾烈な開発競争を繰り広げていますが、最終的に勝ち残るのはどのような機体だと考えていますか。
齋藤:どの機体が主流になるかは現状では分かりません。ただ、最低限の技術的なハードルは各社とも超えてきたので、あとは目指すマーケットに向けて、どのように機体を最適化していくかという段階です。
むしろ、この競争を生き残るかどうかの分かれ目は、ビジネスモデルとして正しいかどうかだと考えています。ビジネスとして目指す方向性が正しいかどうかで、淘汰が行われていくでしょうね。
どのマーケットが正解かは分かりません。ただビジネスモデルとして最初に成り立とうとしているのは、アメリカマーケットを中心としたエアタクシーだと私は考えています。航空機としての認証プロセスに加えて、必要となる航空管制や地上施設等の行政上のルールづくりで先行しているからです。
eVTOL業界でも「日機装」
——日機装はどうしてeVTOL開発に参入しているのでしょうか。
齋藤:日機装には、金属よりも軽い炭素繊維強化プラスチック(CFRP)という素材を使い、カスケードという部品を40年近く製造してきた背景があります。eVTOLは機体を小さく軽くしなくてはいけないので、CFRPが素材に多く採用されています。
さらに、eVTOLの部品は形が複雑です。ただ、部品を複数のパーツに分けて製造すると、つなぎ留めるネジなどで重量が増してしまうため、一つのパーツとして一体成形することが求められます。これはまさに日機装が得意とするところで、eVTOL業界でも評価を受けています。
——独自の技術を生かして、ジョビー・アビエーションに部品を提供しています。
齋藤:昨年3月には、若手技術者がジョビーの米国カリフォルニア製造工場に赴き、同社社員とともに部品の試作に取り組みました。そして今年、ジョビーで初めて量産用生産ラインで製造された機体が完成しました。この機体には、当社の航空機の技術と、協業しているトヨタ自動車の量産技術が生きています。
6月28日に開かれたproduction launch(量産型初号機完成記念)に私も参加しましたが、日本から参加したのは日機装とトヨタ自動車だけのように見えましたので、ジョビーから2社への期待の高さが感じられました。
——ジョビー以外にも日機装の存在感は高まっているのでしょうか。
齋藤:パリ航空ショーでも、日機装だとあいさつすると「ジョビーと一緒にやっているところだ」と声を掛けてもらえるようになりました。eVTOL業界の中で日機装という名前は、認知されつつあるように感じています。今後、パイロットの無人化など機体の性能はますます向上し、eVTOL市場はさらに拡大することが見込まれています。こうした成長市場において、必要不可欠な存在になれるよう努力を続けていきます。
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