いのちの現場
2023/03/29
【透析医療とSDGs #1】透析医療を取り巻く課題―環境問題や働き方について考える
- インタビュー
- 血液透析
- メディカル事業
目次
2015年9月、国連サミットでSDGsが採択されたことを大きなきっかけとして、今の世代が満たされて豊かであり、それを将来にも繋いでいくことのできる “持続可能な社会” の実現が目指されるようになりました。
この目標のもと、日機装が約50年にわたって向き合い続けてきた「透析医療」の領域において、求められることとは何か――。
今回は東京女子医科大学 特任教授の土谷 健先生をお招きして、医療従事者と装置開発を担うメーカー、それぞれの立場から “持続可能な透析医療” について考えていきます。透析医療を取り巻くさまざまな課題と、それらの解決に向けた取り組みの現在について、土谷先生と日機装の前田氏・竹内氏の対談形式でお届けします。
土谷 健先生:東京女子医科大学 血液浄化療法科 特任教授。第67回日本透析医学会学術集会・総会 会長を務めるなど、日本の透析・腎疾患領域の医療をリードしている。 日機装株式会社 竹内 聡氏:メディカル事業本部 メディカル技術センター 技術部所属。主に透析装置のソフトウェア開発を担当している。 (※所属・肩書は取材当時のものです) |
持続可能性の観点から見た、透析医療と“環境課題”
――今回は「透析医療とSDGs」をテーマとして、2回にわたってお話を伺っていきます。まず、“持続可能性” の観点をふまえながら透析医療の現状や課題についてお聞かせいただけますか。
土谷先生:まずは透析医療と “環境” のお話から始めましょう。SDGsと照らし合わせると「12.つくる責任 つかう責任」「13.気候変動に具体的な対策を」などに関する部分ですね。
一つ目の課題としては、血液透析を行うことによって大量の廃棄物が出ることが挙げられます。血液透析では、ポンプで人の身体から取り出した血液を装置に通し、浄化してもう一度身体に戻すという作業が行われます。
この過程では、血液を通すチューブ(血液回路)と、腎臓の働きを代替する人工腎臓(ダイアライザー)が必要になりますが、これらは感染・汚染のリスクへの懸念からすべて使い捨てとなっているのです。
日本においてはおおよそ34万人の患者さまが、週3回、治療を受けられていますから、相当な量の廃棄物が、持続的に出てしまっているということになります。
よい医療を提供して患者さまの生命を救うことが第一義ではありますが、その医療の提供を今後も続けていくためには、廃棄物の課題も無視できないのではと気づかれつつあるのが現状です。
二つ目は、エネルギー利用にまつわる課題です。血液透析は大量の水と電気を必要とする医療であり、こうしたエネルギーの供給が途絶えてしまうと、治療が行えなくなってしまいます。安定した医療の提供のために、災害などに起因してエネルギー供給が不安定になるリスクもふまえた対策が必要です。また、エネルギー資源も大切に使っていかなければいけない、といった考え方が広まってきています。
三つ目は、SDGsの「14.海の豊かさを守ろう」に密接につながるとも言える、透析排水の課題です。血液透析に使われる装置は、治療が終わった後に強い薬液を使って消毒を行う必要がありますが、この消毒後の排水が下水道に対して大きな負荷をかけてしまっていたことがわかったのです。下水道が損なわれれば、海や川に汚れた水を流さないために行われる下水処理にも悪影響が及んでしまいますから、こちらも対策が求められます。
――これらの課題に対して、日機装が現在行っている取り組みはありますか?
日機装 前田:そうですね。透析排水の課題については「酸性・アルカリ性の溶液や排水を中性域に調整し、下水道の基準範囲内に収める」機能を搭載した装置のご提案を行ってきました。さらに最近では、中和を必要としない、下水道の基準範囲内で使用できる消毒用薬剤も開発されています。またエネルギー資源の課題に対しては、「透析排水の熱源を有効活用して、透析治療で消費される電力を節電する」機能を持つ、透析熱回収ヒートポンプシステムのご提案も行っています。
廃棄物の課題については、現在の血液回路やダイアライザーに代わるような製品を開発していかなければいけない、と私たちとしても認識していますが……まだ取り組みはこれからという段階です。
土谷先生:環境面で、今お伝えしたような課題がクローズアップされるようになったのは、まだ最近のことです。やはり対象が医療となると、その質を落として “節約” することによって課題を解決する訳にはいきませんから、血液透析が環境に与える負荷が糾弾されることはあまりありませんでした。
そのような中、2010年代後半からヨーロッパで「Green Nephrology(環境に配慮した腎臓病学)」という概念が登場しました。この頃から透析医療のあり方について今一度考え直そうとする動きが生まれ、波及してきたのです。
今の日本の状況としては、「透析医療を持続していくためには、環境負荷という課題にも対処していかなければいけない」と認識してみんなで知恵を出し合っていく、そのスタート地点にようやく立った段階なのだと思っています。
またコロナ禍において、感染への懸念から医療に使う機器の使い捨て化が進んでおり、廃棄物の課題については後退してしまったような状況もあります。廃棄物を減らすことだけでなく、焼却以外に分解などの方法でも処理できる血液回路を開発するなど、新しいアプローチ方法にも目を向けていかざるを得ないのかなと思います。
自動化やAIの活用でさらに働きやすい医療現場に
土谷先生:続いて、“働き方” にまつわるお話をしましょう。SDGsの「8.働きがいも経済成長も」に近い部分です。
現状、透析治療の現場は、医療従事者にとって比較的働きやすい環境なのではないかなと。月曜から土曜まで行われる治療を分担して受け持つ形が一般的で、治療が行われる時間帯がはっきりしており、またパートタイムでの参画も可能なため、個人のライフスタイルやライフステージに合わせて働きやすいと考えられます。
また最近では、SDM(Shared Decision Making:共同意思決定)といって、「治療のゴールや患者さまの価値観・好み・不安などをふまえながら、より良い治療方法を患者さまと一緒になって考え、決断する」という医療のあり方が広まってきました。
その中で、医師だけでなく看護師や栄養士などさまざまな領域の専門家が関わり、“医療チーム” として患者さまに情報提供をするようになっているのです。職種に関係なく、責任ある立場でやりがいを持って仕事ができる現場だと言えるのではないでしょうか。
――課題点としてはいかがですか?
土谷先生:血液透析では週3回・各4時間という限られた時間内での「透析の効率」と「患者さまの身体の状態」を考えて、ダイアライザーや薬剤の種類、透析を行う時間、血流の速度......といったさまざまな条件を決める必要があります。現在は、こうした透析条件を医師が知識と経験にもとづいて決めていますが、自動化やAIの活用によって負担の軽減ができるとよいなと考えています。
日機装 竹内:日機装では少しでも医療従事者の業務負担を減らすため、透析治療の準備を自動化する機能を開発しています。
血液透析を行うにあたっては、血液回路やダイアライザーといった消耗品を装置に取り付けた上で、事前に生理食塩水もしくは透析液で回路内を洗浄し、満たしておく必要があります。従来は、この作業はもちろんのこと、作業過程で血液回路やダイアライザーの中に入った空気を追い出す作業まで含めて、医療従事者の方々が全て手作業で準備を行っていました。
日機装の開発した装置では、消耗品をセットしてボタンを一つ押していただけば、装置が自動的に一連の事前準備を済ませることが可能です。それによって、各回30分ほどの作業時間の短縮が実現しました。
日機装 前田:血液透析を行うために必要なものとして、血液回路やダイアライザーの他に透析治療を行うために患者から一定量の血液を体外に取り出し、循環させる仕組みの透析装置があります。日機装ではこの透析装置の開発も手がけており、ここに、血液を循環させながら血液量や血圧など、患者さまのお身体の状態をモニタリングできる機能を搭載しました。さらに、そうした患者さま一人ひとりのデータを一元管理するためのソフトウェア(透析通信システム)も開発し、導入させていただいています。
土谷先生:1時間に1度血圧や体温を測るなど、血液透析を行うにあたってはさまざまなルーティンワークがありますが、モニタリング機能のある透析装置によってこれらの自動化が叶った形ですね。
また、透析通信システムがあることで、モニタリングしている各データを転記する手間をかけることなくコンピュータで一元的に管理したり、「ある患者さまの1ヶ月間の検査結果」などをまとめて参照したりすることもできます。血液透析において、特にこのソフトウェアはとても重要な意味を持つものだと捉えています。
医療従事者の負担が軽減されることで、より患者さまに向き合いやすい環境が実現できるのではないかと思います。
――ありがとうございます。後編では、患者さまにより密接に関わる透析医療の”選択肢”の課題、また今後の透析医療のあるべき姿についてお話をお伺いします。
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