いのちの現場
2022/10/11
「創薬研究用ヒト腎細胞」の研究開発 〜創薬に貢献するツールの提供を目指して〜
- 技術開発
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目次
日機装は、再生医療や創薬に必要な機器・デバイスの製品化や事業化を目指した取り組みも行っており、現在インダストリアル事業本部 研究開発部において、「効率的・倫理的な創薬ツールの開発」と「腎臓治療に向けた細胞の大量培養の実現」の2つを軸に、研究開発が進んでいます。
2020年1月には効率的・倫理的な創薬を実現するために、腎臓における革新的な“細胞培養方法” と “細胞実験用ツール” の開発に成功。世界初の「創薬研究用ヒト腎細胞」の実用化に向けた準備が着実に進められているといいます。
そこで今回は、研究開発部のキーマンとなる神保 陽一氏、高橋 越史氏、北川 文彦氏の3名にインタビューを行い、研究開発の詳しい内容や創薬に与える影響、そして見据える未来について話を聞きました。
神保 陽一:血液透析器の開発に携わった後、2013年から再生医療をはじめとした細胞に関わる研究開発を開始。現在はインダストリアル事業本部 研究開発部長として、再生医療や創薬に関わる研究開発のマネジメントを行う。 高橋 越史:研究開発部において創薬支援用のデバイスやヒト腎細胞などの開発に携わる。「ヒト腎細胞」の有用性にまつわる大学との共同研究や細胞の改良、販売に向けた検討などを行う。 北川 文彦:バイオ人工腎臓の開発に携わった後、現在は研究開発部において、腎細胞療法用に必要な「腎前駆細胞」の大量培養にまつわる研究を行う。 (※所属・肩書は取材時点のものです) |
創薬効率の改善と動物実験の削減を目指し、研究を開始
――今回、研究開発部が手がける二つのテーマのうち「効率的・倫理的な創薬ツールの開発」について大きな成果をあげられたと伺っています。まず、現状の創薬研究がどのようなプロセスで行われているのか、教えていただけますか。
高橋:現在の創薬研究には、主に「探索研究」「開発研究」「臨床試験」の3つのプロセスがあります。
まずは薬の候補となり得るさまざまな化合物を作り、それらがある病気に対して効き目を持つかどうか調べます(=探索研究)。
続いて、探索研究で「薬となる可能性がある」と判断された化合物を対象に、動物や細胞を用いた実験を実施。どのような薬物動態(※)や効能を持つか / 毒性はあるか などを評価していきます(=開発研究)。そして最後に「その候補物質がヒトにとって有効で安全か」を調査する(=臨床試験)、という流れです。
※薬物動態:体内に投与された薬物がどのように吸収・分布・代謝・排泄されるのかを説明したもの。
――そのような現在の創薬研究プロセスには、どのような課題があったのでしょうか。
高橋:「開発研究」のプロセスで行われる動物実験について、1.創薬の効率 と 2.実施の是非 の観点から課題があると認識していました。
まず創薬の効率について。薬の候補を動物に投与して実験を進めるにあたり、個体差をふまえて数多くの動物に対する試験を行わなければならず、そのための動物の飼育や解剖〜評価の過程に、多くの時間とコストがかかっています。
また動物とヒトとでは臓器の機能が全く同じではないため、動物実験で有効性や安全性が確かめられたとしても、ヒトで同じ結果が得られるとは限りません。実際に、臨床試験に進んだ段階で問題が起こり、薬とならない化合物も少なくはありませんでした。
――もう一つの課題である、動物実験の実施についても詳しくお聞かせください。
高橋:こちらは、動物愛護の観点からの課題意識です。
現代において、適正な動物実験の実施に向け「3Rの原則(Refinement:苦痛の低減、Reduction:使用数の削減、Replacement:代替法の利用)」が世界的に認知されてきました。これをふまえ、欧米を筆頭に動物実験から細胞実験への移行に向けた取り組みが加速し、日本でも以前と比べ動物実験が減っているという報告がなされています。
細胞実験を行うには、実験対象となる培養細胞にヒトの細胞の機能が正しく表現されている必要がありますが、まだそれが技術的にできない臓器や器官もあります。現段階ですべての動物実験の代替法は確立されておらず、動物実験を続けざるを得ない場面があることを課題の一つと捉えていました。
世界ではじめて、適切な機能を持った腎細胞の培養に成功
――お聞きしてきた課題感をふまえ、日機装の研究開発部が行っている研究について教えてください。
北川:動物実験を経ることなく創薬を行うための、細胞培養方法と細胞実験用ツールの開発を行っています。
高橋:先ほど、培養細胞上に機能をうまく表現できない臓器があるとお話ししましたが、その最たる例が「腎臓」です。腎細胞の表面には、血液と尿との間で老廃物や薬などのやりとりを行う通り道として「トランスポーター(※)」という窓が複数開いていますが……通常の方法で腎細胞を培養すると、このトランスポーターの多くは機能しなくなってしまうのです。
そのため細胞実験で薬を投与したとしても、通り道が塞がっているために薬が取り込まれず、毒性や有効性の確認ができませんでした。
北川:しかし今回私たちは、特殊な方法を用いて培養を行うことにより、世界で初めて腎臓の機能を適切に表現した「創薬用ヒト腎細胞」の開発に成功しました。実際に主要なトランスポーター20種ほどが機能することが確認されています。
※トランスポーター:細胞膜に存在するタンパク質。イオンや低分子物質を細胞内に取り込む、あるいは細胞外へ排出させる装置の役割を持っている。腎細胞には、薬物輸送に関わる多数のトランスポーターの存在が知られている。
――創薬用ヒト腎細胞ができたことで、動物実験から細胞実験への置き換えが叶うということでしょうか。
北川:はい。創薬用ヒト腎細胞と私たちが開発したツールを用いて、薬の動態や毒性などを生体内(=in vivo)とほぼ同様に「試験管内(=in vitro)」で再現し評価できるようになりました。
――これらの研究が実用化されることで、どのようなメリットが生まれるのでしょうか。
北川:まずは動物実験の代わりに細胞実験を行えるようになり、動物の命を無駄にすることなく創薬が行えることです。
またin vitroで評価を行えば、たくさんの化合物についてのデータをよりスピーディに、開発の初期段階からコストをかけずに取れるようになりますから、創薬の時間短縮やコスト削減などに貢献できるだろうと。そしてその結果として、有効で安全な薬をより早く患者さんにお届けできるのではないか、と考えています。
また今お話ししたのは一般的な薬全体のお話ですが、他に新たな腎疾患の治療薬開発にも貢献できるのではという期待もあります。
――「腎疾患の治療薬開発」には、どのように貢献できるのでしょうか。
北川:適切な機能を持った腎細胞を提供できるようになったことが、腎臓の仕組みに対する基礎研究や新たな創薬研究の後押しになり、これまでの薬よりも効果的なものが開発されることにつながればと考えています。
さらなる機能向上を図り、より良いものをより早く皆さまのもとへ
――創薬用ヒト腎細胞とツールについての研究に対し、周囲からはどのようなお声があがっていますか?
神保:2022年6〜7月に開催された第49回日本毒性学会学術年会において、共同研究をさせていただいている金沢大学さま、日本ベーリンガーインゲルハイムさまと共に、シンポジウムを実施。およそ100名の研究者の方々がご聴講くださり、多くのお問い合わせや早期リリースのご要望をいただきました。
――それほど研究に期待が寄せられる理由を、どのように分析されますか?
神保:既に日本だけでなく世界中で、適切な機能を持つ腎細胞について多くの研究がなされてきました。しかし、どれも実用化を見据えられるレベルには至らず、困っている方がたくさんいたのではないでしょうか。今回「これなら使えるのでは」とご認識いただけるほど精度の高い成果を提示できたことが、これだけの反響につながったのではと思っています。
市場調査などでも、創薬用細胞製品にまつわる世界市場は飛躍的な成長が見込まれる分野とされていますが、今回改めて注目や期待の大きさを実感しましたね。
――研究者として、開発に携わられる皆さんの今の思いを率直にお聞かせください。
高橋:これまで長い間検証を重ねてきて、今回ようやく学会での発表に至りましたが、本当にこれが認められるかについては私たちとしても分かってはいませんでした。そのような中で、創薬に携わられる研究者の方々からこれだけ大きな反響と期待をいただいたことに、強くやりがいを感じます。
北川:皆さまから認めていただけた感覚がありますので、今後より良いものをより早くお届けできるよう尽力していきたいと思っています。
――今後はどのように研究開発を進めていこうとお考えですか?
神保:現在は、学会で発表したものよりもさらに機能を向上させるべく、手法を検討している段階です。この手法が確立でき次第、できる限り早い段階で創薬研究に関わる皆さまのもとへお届けできればと思います。
また創薬用ヒト腎細胞とツールは、開発研究の前に病気への効き目を調べる「探索研究」のフェーズにおいても利用できるのではと考えており、これから検証を進めていく予定です。
「より多くの方の命を救う事業に挑戦したい」
――研究開発部のもう一つの軸として「腎臓治療に向けた細胞の大量培養の実現」を目指す研究も行われているとのことですが、こちらについても概要を簡単にお聞かせいただけますか?
北川:「腎前駆細胞(ネフロン前駆細胞)」という腎臓のもとになるような細胞を、大量に・高品質で培養できるシステムの研究開発を行っています。
腎前駆細胞は、京都大学のiPS細胞研究所 長船 健二先生が考案された「腎細胞療法」において、腎臓に注入することで腎臓の機能低下を防ぐ役割を果たすものです。
腎細胞療法を行うには多くの腎前駆細胞が必要となるため、それを効率的に作れる状態を実現しようとしています。日機装がこれまで培ってきた制御技術や成分の是正技術を活かし、温度やpHといった培養環境を適切にコントロールできるシステムを開発しています。
――ありがとうございます。それでは最後に、これら二軸の研究開発を通して研究開発部、そして日機装が実現したいことをお聞かせください。
神保:今回お話しした二つの研究に共通するテーマは「腎臓」です。ただこの研究開発で培った技術は腎臓だけでなく、他の臓器や細胞にも応用できる可能性があります。今後はそういった他のテーマにも挑戦し貢献することで、より多くの方の命を救うような事業を手がけていきたいです。
またこのような研究開発を進めることで、いつか臓器や器官の機能を失うこと自体を阻止するような治療方法を確立し、つらい治療に苦しむ方を一人でも減らせたらと考えています。そんな未来を見据えて臨んでいく予定です。
【お問い合わせ先 】
当細胞にご興味がございましたら、こちらまでお問い合わせください。
創薬研究用ヒト腎細胞 お問い合わせアドレス
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