いのちの現場

2022/09/07

次世代透析装置の開発〜ロケーションフリーの治療を目指して〜

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次世代透析装置の開発〜ロケーションフリーの治療を目指して〜

目次

2020年に始まった新型コロナウイルス感染症の世界的拡大により、「感染対策」が人々にとって大きなテーマとなりました。 

こうした状況を背景に、日機装では「透析治療に関わる方々の感染対策に寄与する “ロケーションフリーの治療”」を掲げ、使用場所を限定しない新たな透析装置の開発を目指して取り組んでいます。 

今回は、この次世代透析装置の設計開発においてプロジェクトリーダーを務める、長谷川 晋也氏にインタビュー。装置の開発における課題から今後の展望まで、くわしく話を聞きました。

長谷川 晋也:メディカル事業本部 メディカル技術センター 技術部 所属。これまでに透析関連装置を中心とした医療機器の設計開発を担当。次世代透析装置の設計開発において、プロジェクトリーダーを務める。

 場所を限定しない、新しい透析治療のあり方を 

――今回は、現在日機装が取り組む “次世代透析装置” の開発をテーマにお話をお聞きしていきます。まずは開発に着手されたきっかけから教えてください。 

大きなきっかけとなったのは、2020年に始まった新型コロナウイルス感染症の世界的流行でした。感染を防ぐために、人と距離をおかなければいけない。医療現場は逼迫し、ホテルをはじめとした施設が隔離や療養のために使われる……そんな未曾有の事態の中で浮き彫りになった透析治療の課題が、開発の発端になっています。 

――パンデミック下で顕在化した、透析治療の課題についてくわしくお聞かせいただけますか。 

現在の透析治療は、主に透析を専門とする医療機関(透析室)に患者さまが足を運ぶしくみで行われています。4,50名ほどの患者さまが一堂に会し、4時間にわたって治療を受けられているのです。

このような状況においては、患者さまと医療従事者の感染リスクがあります。とくに透析患者さまは、腎臓の機能低下に伴って免疫力も下がった状態にあるため、感染が生命に関わる事態につながる可能性があります。

パンデミック下では、透析施設の患者さまの中に感染者が発生した場合、臨時で隔離された部屋を設け、個別に透析治療を行う施設が多く見られました。一方で、透析用の設備が整っていない、透析治療を行える医療従事者が十分にいないといった理由から、隔離された環境を設けることができず、カーテンで仕切るなどしたうえで、これまでと同様に患者さまが一堂に会する部屋での治療を行わざるを得ない施設もあったと聞いています。

――「感染」のリスクが高いという現状の課題をふまえ、今回 “ロケーションフリーの治療” の実現を掲げられたと。 

はい。患者さまが感染リスクを抑えた状態で治療を受けられ、医療従事者がより安心安全な環境で働けるように。そしてパンデミックに限らず、“災害大国” とも言える日本においてどこでも治療が行えるように……。「場所を限定しない “ロケーションフリー” の透析治療」を実現するべく、新たな装置開発を進めています。

また昨今「自宅や住み慣れた地域で医療を受け、最後まで自分らしい暮らしを続けたい」と願う高齢者が増えてきました。私たちの掲げるロケーションフリーの治療は、こうした思いを持つご高齢の透析患者さまの “生活の質” を高めることにも繋がるはずだと捉えています。 

“どこでも使える便利さ” と “施設と変わらぬ治療の質” の両立を叶える、開発のポイントとは

――現在ロケーションフリーの透析治療が主流になっていないのは、一定の課題があるからではと推測しますが、具体的にどのような難しさがあるのでしょうか。 

 透析室以外の場所で治療を行う際の主な課題は、 

  •  機械自体の扱いづらさ、操作の難しさ 
  • 治療の準備の煩雑さ 
  • 透析室での治療と同等の効率・効果を維持する難しさ 

の3つです。 

――それぞれの課題と、それを今回の開発でどのように解決しようとしているのかについて、くわしく教えてください。 

これまでの装置は、治療に使うRO水(※)を作る装置と透析装置が別々になっており、透析室以外の場所で治療を行う場合、それぞれを運び込んでつなぎ合わせる必要がありました。今回の開発ではこれら2つを一体化し、スペースを取らずに、水道と100Vの電源コンセントさえあれば治療ができる装置を実現しています。 

反対に、従来は一体になっていた「血液を循環させる部分」と「透析液を制御する部分」を取り外し可能にすることで、机などに置いた状態での操作も可能になりました。 

※ RO(Reverse Osmosis)水:放射性物質やダイオキシンなどの有害物質を取り除く処理をほどこした、透析治療に不可欠なきれいな水のこと。

――治療の準備や機械の操作の観点ではいかがですか? 

パンデミック下では、基本的に医療従事者は防護服を着た状態で治療を行うほか、透析を専門としないスタッフの方が治療にあたられたケースもあったと言います。このことをふまえ、作業がしづらい・慣れていない状況でも治療が行いやすいよう、ワンタッチで交換可能なカセット式の消耗品も開発しています。

――3点目に挙げられた「治療の質」はとくに重要な要素だと思いますが、ロケーションフリーの治療はどのような点を工夫されたのでしょうか。

どこでも透析をできるようにするためには、バッグの透析液を使用することも考えられますが、その場合は透析量が十分とれず、治療の質が低下してしまいます。また、その準備の手間や保管スペースが必要という課題もあります。

そこで、水道水から高い清浄度の透析液を作ることにより、透析室での治療と同等の透析量を確保できるようにしました。 

「安全性」を最優先に取り組んだ、透析装置開発 50年の歴史において初めてとなる挑戦 

――長谷川さんが、技術者として今回の開発でとくに注力されているのはどのようなポイントですか? 

最大のポイントは、日機装が透析装置開発において採用し続けてきた「制御機構」を、一部改めようとしていることです。50年に及ぶ開発の歴史の中で、従来のものに代わる機構が生み出されたのは初めてのこととなります。

――具体的にどのような点に変化が生まれたのでしょうか。

従来の制御機構は非常に入り組んだ構造になっており、性能を維持するために、分解・交換といった大規模で複雑な技術が求められるメンテナンスを必要としていました。

今回は、そのような複雑な機構を用いなくとも制御精度を担保できるよう、システム全体の構造から見直しを実施。従来どおりの安全性を担保しながらメンテナンス性を高めた、より合理的なシステムに変更しました。これにより、装置の使用者ご自身で簡単な日常点検を行っていただけるようにしました。 

――高度な技術や知識を持つエンジニアでなくても日常点検が行えるようになることは、ロケーションフリーの治療の実現に向けて、大きな一歩になりますね。

そうですね。そしてその変化を “安全性を確実に担保した状態” で成り立たせることが、今回の開発における何よりも重要な課題でした。

装置の一体化や操作性・メンテナンス性の改善などさまざまな取り組みを行っていますが、操作を簡単にするために必要なものが削ぎ落とされているわけではありません。生命に関わる重要な治療装置を扱う責任があり、安全性が最優先されるという揺るがない大前提のもとで、変化を生み出せた点が大きな一歩になったと思っています。 

さらなる技術革新を続け、“世界の医療をリードする企業” へ 

――今後、透析関連装置の分野ではどのような開発を行っていこうとお考えですか? 

今回の開発は「透析治療がパンデミックに対応できるように」と課題を設定して行ったものでした。それに加えて、今後は感染対策という観点に限らず、在宅でも使える、

「いつでも(ロケーションフリー)、手間をかけずに設置(インストレーションフリー)から維持管理(メンテナンスフリー)までを行える製品」 

の開発を継続していきたいと考えています。 

また患者さまの血液の状態などをモニタリングしながら、より安全な治療を行うこと、治療の効果を可視化することにも取り組んでいきたいです。

また、このような取り組みで培った技術は、次世代透析装置の開発だけでなく、従来の透析装置の開発においても活用することができると思っています。これからも、より使いやすく、より安全なものへと透析装置を進化させていきたいと考えています。

――最後に、医療・ヘルスケア分野における日機装の展望をお聞かせください。 

日機装は透析医療を日本に持ち込み、日本独自の関連機器をつくりあげ透析医療を発展させてきた企業として、世界から「透析の日機装」とご評価いただいてきました。 

しかし日機装の技術部が力を注いでいるのは、透析医療だけではありません。現在は手術用のエネルギーデバイスや空間除菌装置をはじめとした、メディカル・ヘルスケア領域のさまざまな製品開発に取り組んでいます。 

今後もそうした技術革新を続け、「卓越した技術力で世界の医療をリードしていく企業」を目指していきたいと思います。