いのちの現場
2024/01/31
治療をより迅速に、確実に。日機装が取り組む医療機器の作業効率化、安全性向上に向けた技術開発
- メディカル事業
- 技術開発
- 血液透析
目次
少子高齢化や人口減少によって医療従事者の不足が進行する中、少ない人的資源下でも高いパフォーマンスを発揮する医療機器の開発が求められています。この状況に対応するため、日機装は効率化と省力化を基軸に、さまざまな技術革新に取り組んでいます。
今回は、日機装が向き合う医療現場の課題について井上氏にインタビュー。こうした課題に対する血液浄化装置分野でのソリューションで、それぞれ九州地方発明表彰と中部地方発明表彰を受賞した森田氏と太田氏にも、発明した先進技術とその効果について詳しく聞きました。
日機装が未来の医療現場に貢献できることとは何か、考えていきます。
井上直樹:メディカル事業本部 事業推進部 部長。 太田 雅顕:メディカル事業本部 メディカル技術センター 技術部 所属。グループリーダーとして、透析装置を中心に機械設計を担当する。 森田 将之:金沢製作所 メディカル工場製造技術部 所属。製造設備及び金型の設計・製作、設計移管の業務を担う。 (※所属・肩書は取材時点のものです) |
医療従事者の負担を減らしたい。作業効率化に向けた日機装の取り組み
――本日はよろしくお願いします。まずは、透析装置・血液浄化装置における治療準備や後片付けの効率化に向けた、日機装の取り組みについて教えてください。
井上:日機装はこれまで透析医療の発展とともに歩み、さまざまな医療ニーズに応えてきました。特に透析装置分野では、人工腎臓装置の国産化を日本で初めて実現したパイオニアともいえる存在です。
血液透析は、命と健康を支える重要な治療です。多くの患者さまは2日に1回、1回4時間の治療を必要としており、一つの施設で30人〜40人が一斉に治療を受けることもあります。医療機関によっては、準備専門のスタッフを雇用している施設もあり、これまで準備にかかる時間と手間が課題となっていました。
日機装では、医療機関が抱えるこれらの課題を解決し、患者さまへ安定的に医療を継続するためのソリューションを提供しています。
――治療の準備はどれだけ大変なものなのでしょうか?
井上:血液透析を行うためには、さまざまな準備工程があります。血液を体外循環するための体外循環回路や血液浄化器を透析液で満たしたり、洗浄したり、身体へ接続したり……と、複雑なプロセスも多く、慣れるまでに時間がかかります。
臨床工学技士や看護師の方は、大学や専門学校で基本的な操作方法を学んだうえで、入職後も一定期間トレーニングをするほど専門性の高い作業です。こうした透析装置の操作に対するハードルを下げるために、チューブ(透析用血液回路)のシンプル化、操作アシスト機能の搭載など、操作者の負担軽減を図っています。
また最新の透析装置では、治療の準備や操作にかかる医療従事者への負担軽減だけでなく、環境負荷軽減も考え、機械室と透析室の装置を連動させて効率的に消毒用薬液を使用する機能、その日の治療人数に合わせて透析液を製造・供給する仕組みを導入したモデルもあります。
――最近では、透析装置のモニタリング機能も強化しているとのことですが、どのようなメリットがあるのでしょうか?
井上:当社のモニタリングシステムは、治療の安全性を確認し、トラブルを未然に防ぐことを目的としています。
例えば、透析治療の効果は定期的な血液検査によって評価されるため、1治療ごと、即時にその治療効果の情報を得ることはできません。しかし、モニタリングによって治療効果の指標をリアルタイムで確認でき、必要に応じて治療条件の迅速な調整が可能です。
また、血液透析では、体外循環を安定的に行うことが重要です。透析治療中に穿刺(せんし)部の血管状態が悪化し体外循環が安定しないと、治療効率が落ち、安定的な治療が継続できなくなることも多くあります。そのような変化もモニタリング機能を活用すれば早期に検出できるため、患者さまに合わせた至適な治療が可能となるのです。
――続いて、血液浄化装置についてお伺いします。改めて、まずは仕組みと利用されるシーンを教えてください。
太田:血液浄化装置は、血液を体外に出し、フィルターを通して毒素や病原物質を除去した後、再び体内に戻す仕組みです。この装置は、慢性腎不全患者さんに対する血液透析のように特定の患者さまに限定されず、敗血症や急性腎不全、薬物中毒、潰瘍性大腸炎など、幅広い疾患における血液浄化治療に対応しています。
急性期の治療、特に救急車で運ばれた患者さまの治療に使用されるケースもあります。例えば、震災時に見られるクラッシュ症候群(※)のような状況にも、血液浄化装置が活躍します。
主に集中治療室での治療に用いられ、迅速かつ正確な操作が求められるため、高いユーザビリティが必要とされる装置です。
※クラッシュ症候群:家屋や車体などの重量物に体が長時間挟まれた後、圧迫から解放されたときに起きる筋肉細胞の障害や壊死。
――透析装置と比べて、血液浄化装置は使われる頻度が少なく、より習熟までに時間がかかると伺いました。
井上:おっしゃる通りです。先程の血液透析治療では、多くの患者さまを同時に治療するため設定に時間がかかりますが、一般的な透析クリニックでは頻繁に行われているため、スタッフの方は操作に慣れています。
一方、血液浄化装置は、必要な患者さまがいる場合にだけ突発的に使用されるため、頻度は高くありません。用途や医療機関によっても異なりますが、急性期の治療として大学病院や各地域の基幹病院で使用されるケースが多く、操作に熟練したスタッフは限られています。
加えて、血液透析治療に用いられる透析装置と比べて血液浄化装置はシステムが煩雑で体外循環回路の取り付けや血液浄化器の洗浄、治療開始前までの準備作業の習熟には時間を要するでしょう。
血液浄化装置の治療準備を省力化し、医療品質の向上へ。日機装の発明が地方発明表彰を受賞
――緊急性が高い場合に使用されるにも関わらず、治療準備が煩雑なのですね。日機装ではそんな課題を解決する技術を発明し、九州地方発明表彰と中部地方発明表彰を受賞したと伺いました。
森田:はい。九州地方発明表彰を受賞したのは、複数の体外循環回路のチューブをポンプの装着部へ自動で一括に着脱するための取付部材の開発です。傾斜が付いた取付部材により、チューブが装置の側面にきちんと押し付けられ、簡単に取り付けることができます。7つのチューブを同時に保持するカセット式を採用することで、迅速な治療準備を叶えます。
太田:中部地方発明表彰では、複数の体外循環回路のチューブを一括で自動で着脱できるメカニズムが評価されました。所定の位置にチューブをセットした後、ボタンを押すだけでポンプのロータ(回転子)が自動でチューブを巻き取り、装着できる仕組みです。
――取付部品や装置のメカニズムの開発に至った経緯を教えてください。
太田:開発の背景には、医療従事者の治療準備への負荷があります。血液浄化装置は主に急患や集中治療室で使用され、一刻も早い治療準備が求められるもの。しかし、使用頻度の低さゆえに、操作に不慣れな医療スタッフの方も少なくありません。そのため医療現場からは、複雑な体外循環回路を早く正確に取り付けられるような設計が求められていました。
そこで、血液透析治療の効率化、安全性の向上に取り組んできた当社の技術力を活かし、迅速かつ確実な治療を提供できる血液浄化装置を目指して開発に取り組みました。
――医療現場からは、具体的にどのようなニーズがあったのでしょうか。
森田:血液浄化装置には、血液や輸液などを送るためのポンプが7種類設置されています。以前は手動で一つずつチューブを取り付けていたため、時間がかかり、間違ったポンプへの取り付けなどのミスが起きている状況でした。
そこで今回、複数のポンプにチューブを一括で取り付ける技術を開発したことで、時間の短縮とミスの削減に貢献しています。
――開発にあたって工夫した点や、開発中に直面した課題を教えてください。
太田:コストを抑えつつ、医療従事者にとって高いユーザビリティを実現する装置の開発を目指しました。特にチューブは消耗品のため、あまり費用をかけられません。そのため、費用対効果を重視しつつ、7つのチューブを確実に取り付けることが大きな課題となっていました。
各チューブを個別に取り付ける技術は比較的早く実現したものの、7つのポンプに30cm四方の回路を同時に安定的に取り付けることに苦労しましたね。
森田:私が開発中に直面した課題は、形状が不安定なチューブの効率的な巻き取りと取り外し、薄いシートから作られる取付部材の強度の確保です。チューブに関しては、既存の取付方法を分析し、安定しない原因を導き出すことでキーポイントを見つけました。
操作性を向上させるにあたってブレークスルーとなったのは、部材を折り返して角度をつけること。これにより、チューブが斜めに取り付けられ、安定して巻き取られるようになり、かつ、取り外し時にチューブにかかる力を逃がすことが可能となりました。また、シートを折り返す一体型設計を用いたことで、操作性と経済性の両立に成功したところもポイントです。
――受賞が決まったときの率直な感想と、開発を振り返って一言お願いいたします。
太田:受賞が決まったときは、これまでの努力が評価されたことが嬉しく、家族もこのニュースを聞いて非常に喜んでくれました。
今回の発明により、急性期に用いられる血液浄化装置の操作ミスを防ぎ、作業効率の飛躍的な向上に繋がると感じています。次のステップとして血液透析装置にもこの技術を応用し、さらなる進歩を目指していきたいです。
森田:名誉な賞を受賞し、非常に嬉しく感じています。開発過程は困難が多く、特に高いパフォーマンスと低コストのバランスに頭を悩ませました。チームメンバーと一緒に解決策を模索し、何度も失敗しながらも、最終的に発明を実現できたことに大きな達成感を感じています。
医療の継続を支える、効率的で画期的な医療機器を目指して
――お二人が現在新たに取り組んでいる開発や、今後の展望をお聞かせください。
太田:私たちの次なる目標は、透析装置の操作性向上と、より詳細なモニタリング機能を導入することです。
現在は、患者さまの状態をモニタリングしながら医療従事者が治療条件に合わせて設定を手動で調整していますが、将来的にはシステム制御によって一人ひとりに合わせた治療を自動で行えるようにしたいと思っています。
森田:製造技術部として開発チームのサポートをしたいと考えています。今回の開発は、未来へ向けた一歩です。この技術をさらに改良し、進展させていきたいと思います。
――日機装のメディカル事業の今後の製品開発の展望について教えてください。
井上:日本は少子高齢化が進んでおり、患者さまのケアに関する負担が増大する一方で、人口減少に伴う医療従事者の不足が懸念されています。さらに、経済成長の著しい海外市場では、今まで経済的な理由で血液透析治療を受けられなかった方が治療を受けられるようになり、患者数の急増が見込まれています。
こうして世界的な医療従事者不足が顕著になる中で、業務を効率化し、経験の少ないスタッフでも治療を安全かつ確実に行えるようサポートが必要です。
医療の持続性は、血液透析分野においても重要な焦点となっています。血液透析は、腎移植をしない限り長期に渡って行う必要がある治療で、中断されると患者さまの生命に関わる危険があります。特に、災害時や感染症の蔓延時には、少ない人出と物資の中で、医療機関はどのようにして血液透析治療を継続するかという課題に頭を悩ませてきました。
このような背景を踏まえ、安全で効率的かつ簡便化された医療サービスの提供は極めて重要です。当社としては、医療の継続と発展に貢献することを第一に目指していきます。
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