ものづくり
2026/08/26
宮崎大学・古池研究室インタビュー【後編】産学連携で挑むトライボロジー研究〜長年の課題解決から次世代ものづくりへ〜
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目次
フライパンから自動車、さらには建造物まで、私たちの暮らしに深く関わる「トライボロジー(摩擦・摩耗・潤滑の科学)」。【前編】では、宮崎大学の古池仁暢先生へのインタビューを通じて、トライボロジーの基礎知識やクリーンエネルギーへの応用などについて伺いました。
続く後編では、2024年4月にスタートした宮崎大学と日機装の共同研究にフォーカス。研究テーマである軸受の長寿命化の取り組みや、成長する学生の姿、そして産学連携が生み出す価値についてお話を伺います。
古池 仁暢 宮崎大学工学部助教。軸受のトライボロジーを専門とし、摩擦・摩耗・潤滑に関する研究に従事。先端材料「PEEK(ピーク)材」を用いた軸受の長寿命化研究に携わる。現在は、日機装との共同研究をはじめ、先端材料を用いた軸受の摩耗制御や「自己修復軸受」の実現に向けた研究を進めている。 西川卓見 宮崎大学大学院工学研究科修士課程1年(共同研究スタート時は宮崎大学工学部4年)。古池研究室に所属し、日機装との共同研究において主に実験による検討を担当している。 江尻 真一郎 鉄道車両メーカーを経て、2017年に入社。インダストリアル事業本部 流体技術センター開発部と日機装技術研究所 研究開発部に所属し、主に遠心ポンプの研究開発に従事している。 (※所属・肩書は取材時点のものです) |
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軸受の未来を見据えて――共同研究はこうして始まった
――まずは、2024年4月にスタートした共同研究の経緯について教えてください。
江尻(日機装):日機装と宮崎大学は産学連携の一環として、2016年11月に共同研究包括連携協定を結んでおり、医学部とは2019年から共同研究講座を開設していました。そこから、「工学分野でも連携できないか」という話につながり、工学部の先生方と日機装の研究開発メンバーによるマッチング会議が開かれました。その際に手を挙げてくださったのが、古池先生です。
江尻さん
古池先生(宮崎大学):お話をいただいたとき、私たちが専門とするトライボロジーと、日機装が長年培ってきたポンプ開発の知見は、技術的な親和性が非常に高いと感じました。
軸受はポンプやタービンなど、あらゆる回転機械に欠かせない部品で、「産業のコメ」とも形容される基盤技術です。特殊ポンプのトップメーカーである日機装と共同研究することで、新たな価値を生み出せるのではないかと考え、手を挙げました。
江尻(日機装):大学との共同研究を進めるうえでもっとも重要なのは、研究に対する双方の「熱意や向き合い方」だと考えています。互いが主体的に取り組んでこそ、真のシナジーが生まれる。だからこそ、古池先生が熱意を示してくださったのは、とても心強かったですね。
実験は大学、数値解析は日機装。それぞれの強みを生かした共同研究
――具体的には、どのような研究を進めているのでしょうか?
江尻(日機装):「キャンドモータポンプ (ノンシールポンプ)」の内部に使用されている滑り軸受(ベアリング)のトライボロジーに関する研究を共同で行っています。
軸受の摩擦や摩耗は、ポンプの寿命に大きく影響します。そのため、特殊ポンプのメーカーである日機装では少なくとも1970年代から、軸受の性能向上と長寿命化に取り組んできました。
キャンドモータポンプ内部に使用されている軸受
古池先生(宮崎大学):役割は、それぞれの専門性に応じて分担しています。私たちの研究室は実験による評価に強みがあり、日機装は数値解析や製品開発に関する豊富な知見をお持ちです。
そこで、宮崎大学が製品に使われる部品を用いた実験を担当し、日機装が数値を読み解く形で研究を進めています。互いの得意分野を生かしながら取り組めるので、とても良い連携ができていると感じています。
――西川さんは、大学側での実験をメインで担当されているそうですね。
西川(宮崎大学):はい。主に実証実験を担当しています。日機装がCAE解析でシミュレーションした「どの部分に負荷が集中し、ダメージを受けやすいか」という予測に対して実際に実験を行い、その結果を検証しています。
実験では、モーターに取り付けた軸(シャフト)を回転させ、軸受との摩擦によって生じる摩耗や損傷を評価します。軸受の材質や表面加工、相手材の種類など条件を変えながら実験を繰り返し、より摩耗の少ない組み合わせを探っています。
西川さん
江尻(日機装):こうした要素研究の成果は、すぐに製品化に繋がるものばかりではありません。しかし、こうした基盤技術の積み重ねこそが、メーカーとしての独自の強みになります。うまくいかなかった過程も含めて共有しながら検証することに大きな価値があり、その蓄積を今後の製品設計や品質向上に生かしていきたいと考えています。
研究の先に、実践的な学びがある
――研究を進める中で、苦労したことはありますか?
西川(宮崎大学):実験前に立てた予測と、実験で得られたデータに大きな差が生じたときの原因究明や改善には苦戦しました。「どこに問題があり、どう改善すれば予測に近づくのか」を考えながら実験の条件を調整するのはとても難しかったです。
それでも、古池先生から測定項目追加の提案をいただいたことや、江尻さんから実験データの数字だけをみて判断するのではなく、実物の観察もくわしく掘り下げて行うべきとのアドバイスをいただいたことで、解決の糸口が見えていきました。
最初は不安もありましたが、同級生や研究室の先輩方、古池先生、そして江尻さんはじめ日機装の皆さんから多くのご協力をいただき、乗り越えられました。
優秀講演賞の表彰盾とポスター
――共同研究を通じて、新たに気づいたことや学びはありますか?
西川(宮崎大学):たくさんあります。たとえば、実験片の表面のざらつきを数値化する「粗さ計測」です。当初は1回だけ計測していたのですが、江尻さんから「計測には誤差が生じるため、複数回データを取得してバラつきを加味したうえで評価しないと信頼性は担保できない」とアドバイスをいただきました
それ以来、複数回測定したうえでデータを整理・分析し、現象を正しく理解できるように改善しています。研究や開発において、数値の精度とどう向き合うべきかを実践から学べたことは、思考のアップデートにつながりました。こんな風に、技術者の方々から直接、実践的な知識や考え方を教えていただけるのも、共同研究ならではの魅力ですね。
また、日機装との共同研究によって、研究成果を発表する場を多くいただいたことも学びになりました。準備は大変でしたが、その過程で研究成果をわかりやすく伝える力が身に付き、成長できたと感じています。
――江尻さんから見て、西川さんの成長はいかがですか?
江尻(日機装):西川くんが学部4年生の頃から一緒に研究を進めていますが、この1年で大きく成長したと感じています。
最初は「まずやってみる」という段階でしたが、いまでは結果を踏まえて自分なりに考えながら研究を進められるようになりましたよね。研究は、実験そのものだけでなく、その結果をどう解釈し、次につなげるかが重要です。その点でも、着実に力をつけていると思います。
今年から修士課程ですが、2年は長いようであっという間です。これからもさまざまな経験を積みながら、一緒に研究を進めていければと思っています。
――今回の研究でとくに印象に残っていることを教えてください。
西川(宮崎大学):とくに印象に残っているのは、日本機械学会九州支部九州学生会が主催する卒業研究発表講演会で、優秀講演賞を受賞したことです。この講演会では、滑り軸受と表面に加工が施された複数の相手材の組み合わせについて、水中で摩擦・摩耗特性の実験を行い、最適な組み合わせを評価した研究成果を発表しました。
自分としてはまだ改善できる部分もあると思っていますが、結果として高く評価していただき、うれしかったですね。

産学連携が生み出す、学びと技術の相乗効果
――学生、先生、企業、それぞれの視点から見た「産学連携の価値」について教えてください。
西川(宮崎大学):昨年はこの共同研究に関わったことで色々な経験を積み、大学生活の中で最も有意義な1年になりました。実際に経験した立場として、大学が持つ充実した実験設備と、企業が蓄積してきた豊富な知識やノウハウが融合した環境で研究できるのは、学生にとって貴重な機会ですし、大きなメリットがあると思います。
古池先生(宮崎大学):そうですね。私が考える産学連携のよさは、一つのテーブルに学生、企業の技術者、そして研究者が一堂に会し、同じ課題について議論できることにあります。
西川くんも江尻さんとの対話を重ねる中で、少しずつ議論を深められるようになってきました。学生と技術者が異なる視点で喧々諤々(けんけんがくがく)の議論を交わすことで、そこから新しい発想や発明が生まれる可能性があるのではないかと期待しています。
また、学生のモチベーション向上にも繋がっていると感じています。企業が直面している課題は、大学の講義で得る知識だけではおよそ解決できるものではありません。講義で少し触れただけの内容も、実際の課題解決につなげるためには深く掘り下げていく必要があります。こうしたテーマに挑戦することで、学生には探求する楽しさを感じてもらいたいですね。さらに、企業と一緒に取り組むことで、自分の研究が社会に役立っているという手応えも得られていると思います。
江尻(日機装):大学と企業にはそれぞれ得意な領域があります。その境界領域は、どちらか一方だけではなかなか発展させにくい部分でもあります。だからこそ、双方の知見を持ち寄り、シナジー効果によってその領域を広げることが、産学連携の本質だと考えています。
また、本取り組みは企業としての利益の追求だけがすべてではありません。西川くんのような次世代を担う若い学生が実践的な能力を身につけ、優秀な人材が増えていくことは、社会的に大きな意義があると思っています。
――最後に、共同研究を通じて今後挑戦したいことや期待していることを教えてください。

西川(宮崎大学):大学院でも引き続きトライボロジーへの理解を深めていきたいと思っています。実は、古池先生の研究室に入るまでは、トライボロジーは未知の世界でした。摩擦についても「体育館で転んで床に擦ったら痛い」という程度の認識しかなかったんです。しかし、研究に携わる中で、この分野が多くの産業や製品を支える汎用性の高い基盤技術であると知りました。
さらに、宮崎日機装の工場見学や、現役の技術者との交流も大きな刺激になりました。研究成果が実際の製品や社会にどのように繋がるのかを意識しつつ、大学院でも研究を続けたいと思います。
江尻(日機装): 現在は、どちらかというと伝統的な問題に取り組んでいるのですが、周辺技術は時代と共に進化しています。最近では、3Dプリンターを用いた「アディティブ・マニュファクチャリング(付加製造)」の技術を研究に組み込む準備を進めているところです。新しいものづくり技術と、長年蓄積してきたトライボロジーの知見を掛け合わせ、研究をさらに発展させたいと考えています。
また、日機装には医療や航空宇宙などの事業もあります。摩擦の問題はどの分野でも必ず重要になってくる。事業を越えて技術をつなぐことで、共同研究が軸受以外のテーマへ広がる可能性を感じています。
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