ものづくり

2024/10/01

【JAXA×日機装#1】水素航空機向けポンプ性能試験の舞台、角田宇宙センターってどんな施設?

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【JAXA×日機装#1】水素航空機向けポンプ性能試験の舞台、角田宇宙センターってどんな施設?

目次

飛行時に二酸化炭素を排出しないため、脱炭素化に向けた次世代の航空機として開発が期待される水素航空機。この水素航空機の実現に向けて、日機装は液化水素をエンジンに送り込む過程で使うブースタポンプを開発しています。

開発に欠かせないポンプ性能試験の舞台となっているのが、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の角田宇宙センター(宮城県角田市)。国内でも限られた液化水素の試験設備を持つ角田宇宙センターは、実は日本のロケットエンジンの“ふるさと”とも言える重要な施設です。

今回は、液化水素に対する深い知見を持ち、日機装の試験にご協力していただいている同センターの元所長・吉田誠さんにインタビュー。日本のロケットエンジン開発の重要拠点として角田宇宙センターが果たしてきた役割や、液化水素ポンプ開発における難しさなどについて伺います。

吉田 誠:東京大学工学部卒業、同大大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻を修了後、科学技術庁航空宇宙技術研究所(現・JAXA)の研究員に。H2ロケットの1段目エンジン「LE-7」の開発などに携わる。マサチューセッツ工科大学の客員研究員などを経て、2016年より角田宇宙センターの所長を務め、現在は研究開発部門 第四研究ユニット 特任担当役。工学博士。

日本のロケットエンジン開発は、角田から始まる

――角田宇宙センターは、どのような研究開発をする施設ですか

吉田:角田宇宙センターは、ロケットの心臓部となるエンジンの研究・開発拠点です。1965年に、JAXAの前身である航空宇宙技術研究所の角田支所として開所しました。

㊧角田宇宙センターの全景と㊨LE-9エンジンのターボポンプ単体試験を実施している計測制御室©宇宙航空研究開発機構(JAXA)

ロケットの燃料は大きく分けて固体燃料と液体燃料の2種類ありますが、角田宇宙センターには、主に液体燃料のロケットエンジンを研究開発する設備があります。開所当時、日本では液体燃料を使った液体ロケットエンジンを作ったことも、研究したこともありませんでした。つまり、角田宇宙センターは、日本で初めての液体燃料によるロケットエンジンの研究・開発拠点だったのです。

――ロケットの研究開発から完成までの開発フローにおいて、角田宇宙センターはどこに位置付けられるのでしょうか

元所長で特任担当役の吉田誠さん

吉田:まず言えるのは、スタート地点です。JAXAが初挑戦する最先端技術を最初に試すのが、角田宇宙センターです。そして、エンジンを開発する段階で、実際にどこまでの技術を実装するかも、角田宇宙センターの試験設備を使って検討します。

主な仕様や性能を決めたら、メーカーさんにエンジンを製造していただきます。形になったら、再び角田宇宙センターに戻ってきて、実機を使ったエンジンの燃焼試験やターボポンプの回転試験を実施します。

「スタート地点」と「確認」、この2つの重要なステップを担っています。確認のための試験は完成するまで何回も続きます。これで完成となれば、最終的な試験の舞台は種子島宇宙センターに移ります。

――とりわけ特徴的な設備としては、なにがありますか

吉田:宇宙の真空状態を再現して、ロケットエンジンの燃焼試験を行う「高空燃焼試験設備」は、日本でここだけにしかありません。地上から打ち上がる際に使う1段目エンジンが燃え尽きて切り離されると、2段目エンジンは宇宙空間で着火して稼働します。そのため、2段目エンジンの性能を検証するためには、真空状態を作り出して試験する必要があります。

第2段エンジンLE-5の高空燃焼試験©宇宙航空研究開発機構(JAXA)

しかし、ただ真空状態を作るだけではいけません。なぜなら、ロケットエンジンはそれ自体が大量のガスを出しながら運転するので、そのガスを排気しないと、真空状態の宇宙空間を再現し続けることができないためです。それゆえ、この設備は巨大な排気設備と言えます。

――角田宇宙センターには、ロケットエンジン開発に欠かせない設備がそろっているのですね。ということは、日本でロケットエンジンの研究開発をする場合には、どこかのステップで角田宇宙センターの設備を使うことになるのでしょうか

吉田:その通りです。いままで宇宙に行った日本のロケットのエンジンで、角田を通過していないものはありません。すべて元をたどれば、角田発です。

H3ロケットエンジン「LE-9」も、ここから巣立った

――ここで開発された代表的なロケットはなにがありますか

吉田:すべて代表的なのですが(笑)。まず全段国産の2段式ロケット「H2ロケット」(1994年に初打ち上げ)の1段目エンジン「LE-7」でしょうか。あのサイズ(※推力110トン、全長3.2メートル) のエンジンを日本で作るのは、本当に初めてで難しかったですね。

そして、今年(2024年)2月に初めて打ち上げが成功した「H3ロケット」の「LE-9」というエンジンも角田で研究開発をして、ターボポンプの試験もここで行いました。

――「LE-9」の特徴を教えてください

吉田:世界で日本しか成功していない「エキスパンダーブリードサイクル」というロケットエンジン技術を採用しています。

㊧燃焼試験に臨むLE-9実機型#2エンジンと㊨打ち上げに成功したH3ロケット試験2号機©宇宙航空研究開発機構(JAXA)

≪そもそも液体ロケットエンジンの基本的な仕組みは…?≫

液体のまま貯蔵している極低温の推進剤を、ターボポンプで燃焼室に送り込んで燃やし、発生した高温ガスで推進力を得ています。推進剤は、燃料(液化水素など)と、酸素がほとんどない宇宙空間で燃焼を促進する酸化剤(液化酸素など)からできています。


H2ロケットのエンジン「LE-7」で採用していたのは、「二段燃焼サイクル」というシステムでした。ターボポンプを駆動させるエネルギーを得るために、燃焼室とは別に副燃焼室で推進剤を燃やして高温ガスを発生させています。これにより大きな力をタービンに発生させてターボポンプを動かすことができました。また、副燃焼室で発生したガスも捨てずに、主燃焼室へ送りこんでいるので、効率の良いエンジンと言えます。しかし、構造が複雑なためトラブルが起きやすいという欠点がありました。

LE-7液体水素ターボポンプ(角田宇宙センター宇宙開発展示室)©宇宙航空研究開発機構(JAXA)

一方、H3ロケットのエンジン「LE-9」で採用したシステム「エキスパンダーブリードサイクル」では、副燃焼室を設けていません。ターボポンプを駆動させる高温ガスは別の方法で得ています。燃焼室やノズルの冷却に燃料である液化水素を使い、吸収した熱によって液化水素を気化させ、高温ガスを得ているのです。副燃焼室がない分だけ部品点数が少なく、構造はシンプルで、エンジンが爆発しにくいというメリットがあります。もともとこのエンジンシステムは2段目のエンジンLE-5Bで採用していて、非常に信頼性、性能とも優れたシステムですが、大きなエンジンには適用が難しいとされていました。LE-9では、その上限に挑戦したという感じです。

このような工夫により、「LE-9」の推力は「LE-7」の1.5倍くらいあるのですが、信頼性も保ったままコストを削減することができました。

――角田宇宙センターでは、どのような試験を実施したのですか

吉田:燃焼ガスは3000度を超える高温のため、燃焼器の壁を液化水素で冷却しながら運転しています。その液化水素は高温のガス水素になり、ターボポンプ駆動するのに十分なパワーを得るためにできるだけ熱を吸収しなければなりません。その燃焼器の強度と熱交換性能を両立させる構造の試験をしました。それから、ターボポンプの高速回転に耐えうる※軸受けなどの研究開発も角田宇宙センターで行いました。

※軸受け(ベアリング)…回転する軸と、回転を支える部分の間に挟み込み、摩擦を減らす部品や潤滑剤によって、回転を滑らかにするためのリング状の部品。極力摩擦を抑えるものの、摩耗しやすい。

LE-7液体水素/液体酸素ターボポンプの軸受(角田宇宙センター宇宙開発展示室)©宇宙航空研究開発機構(JAXA)

また、ポンプの不安定現象の一つにキャビテーション(※)という現象があります。ロケットエンジンの場合はキャビテーションが起こることを前提に設計されていますが、異常な振動を起こさないように抑制して、エンジンとしてちゃんと性能が出せるようにしなくてはいけません。そのための試験も実施しました。

※キャビテーションの詳しい説明は、こちらの記事をご覧ください。


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“手作り”のようだった「LE-7」、打ち上がって「ほっと」

――後半は、長年ロケットエンジン開発に携わってこられた吉田さんご本人について、お伺いしたいと思います。まずは経歴を教えてください

吉田:東京大学と東京大学大学院で航空宇宙工学を研究した後、1985年に科学技術庁航空宇宙技術研究所(現JAXA)に入所し、角田支所に配属となりました。それ以来、角田を主拠点にロケットエンジンや輸送系システムの開発に携わりましたが、その中でも特にターボポンプの振動解析や軸受け、軸シールの研究が専門でした。

――特に印象深いエンジンはなんですか

吉田:一番最初に取り組んだ「LE-7」です。今から考えると当時の計算機は非力で、角田宇宙センターにあった大型計算機も、大型なのにメモリーがキロバイトのオーダーでしか無かったんです。そのような環境の中で、有限要素解析や構造解析などのシミュレーションを行いました。しかし、それだけで信じてくれる人はいないので、やはり実験で検証するしかありませんでした。ですから、かなり手作り感がありましたね(笑)

――そのような苦労を経て、「LE-7」を搭載したH2ロケットが打ち上がった時はどのような思いでしたか

吉田:一言でいうと、ほっとしました。失敗したら、どうしようと。そうしたら、もう一回角田で試験をやり直すことになりますからね。

――所長に就任された時は、どのような考えを持っていましたか

「LE-9」の開発がスタートした時期だったので、まずはこれをしっかり取り組もうと考えました。それから、センターが開所してから50年が過ぎて、施設が老朽化したり、最新のロケットエンジン開発に対して不足したりしたので、施設を更新・新設する活動をしました。

その成果として、最近になって、官民共創センターの建設が始まりました。建設の背景には、いま国の支援を受けて民間企業によるロケット開発が活発になっていることがあります。角田宇宙センターとしても、宇宙事業に取り組む企業を支援しようということで、エンジン製造のノウハウを伝える設備を設置することになりました。2025年度中に運用開始予定です。

民間企業との連携で、競争力を高めたい

――JAXAとして民間企業と連携する意義は、どのようにお考えでしょうか

吉田:宇宙開発にも民間企業の良い点を吸収できたらと思います。国が主導してロケットを作ろうとすると、どうしても時間やコストが掛かってしまいます。そのため、民間企業の効率的なやり方を取り入れて市場投入を早め、世界との開発競争に負けないようにする必要があると考えています。

 また、自分たちがロケットを作るだけでなく、航空宇宙産業に参入したいと考えていたり、技術的に困っていたりする企業を助けて、皆さんが宇宙産業に参入するためのハードルを下げて日本の航空宇宙産業の裾野を広げていきたいです。

――角田宇宙センターとしては、どのように取り組んでいきますか

吉田:新しい官民共創センターを皆さんに使っていただきたいです。はじめは、JAXAがお助けします。でも、そのうち私たちが想定していなかった使い方をする民間企業が来るのではないかと思います。そうすると、今度は私たちが民間の方から学ぶことがあるのではないかと期待しています。