ものづくり
2024/12/04
日機装の技術を守り、未来へつなげる。存在感を増す「知的財産室」の役割と新たな挑戦
- インタビュー
- 技術開発
- インダストリアル事業
目次
脱炭素社会の実現に向け、技術開発が急速に進んでいる昨今。自社が開発した技術を守り、競争優位性を築き、さらなるイノベーションを推進していくためには、知的財産戦略の強化が欠かせません。
日機装も、こうした先進的な分野で挑戦する企業の一つ。知的財産を重要な資本ととらえ、積極的に発明発掘や権利化に取り組んでいます。
今回は、日機装の知的財産戦略の中心に立つ知的財産室の浅井氏と飯澤氏にインタビュー。ものづくり企業における知的財産の重要性と、今後の構想について話を聞きました。
浅井 整:日機装技術研究所知的財産室室長。電線メーカーの工事部門にて、現場監督・設計業務を6年担当。その後、特許事務所で6年の出願業務を経て2007年に日機装へ入社。メディカル事業本部の金沢製作所、UV-LED事業等を担当後、現在に至る。
(※所属・肩書は取材時点のものです) |
競争優位、利益保護、キャリア形成…企業と技術者を守る知的財産権とは
ーはじめに、そもそも知的財産権とはどういったものか教えてください。
飯澤:知的財産権とは、発明や考案、意匠、アイデアなど、知的な創造物に対して与えられる権利のことです。その中でも特許権は、発明に対する独占的な権利を指しています。特許権を取得すると、出願日から20年間その発明を独占的に使用でき、他者の無断使用を防ぐことができます。ただし、特許出願をして一定期間経過すると、発明の内容や技術が一般に公開されてしまうデメリットがあります。
ー技術を公開しなければならないにもかかわらず、なぜ特許を取得する必要があるのでしょうか。
飯澤:私は、特許を取得せず、独占権がないままに開発を進めることは、何の防備もせずに戦場に立つようなものだと思っています。
具体的に、特許を取得すべき理由は三つあります。まず、企業の財産を守るためです。特許を取得して独占権を確保しなければ、労力をかけて発明した技術を他者に自由に使われるリスクがあり、それでは企業の利益を保護できません。
次に、市場競争に負けないため。特許は、自社が技術的に優れていることを市場に示し、急速に変化する環境の中で競争力を維持するために不可欠な手段です。
そして最後に、技術者としてのキャリア形成の観点。特許は、技術者にとってグローバルな評価基準の一つです。技術者としての成長や実績を示す上で、特許の取得は大きな意味を持つため、取得をめざすべき権利だと考えています。
ー特許には、企業と技術者を守る意味があるのですね。取得にあたって、気を付けている点はありますか?
飯澤:最も気を付けなければならないのは、想定した権利範囲を正確に主張することです。関連技術の開発などを考慮し、あえて広めに主張しておくこともある一方で、不用意に権利範囲を広げると、そもそも特許として認められづらくなったり、権利化後に他社とのトラブルになったりするリスクも高まります。こうしたリスクを回避しながら自社の技術を発展させていくために、戦略立てて権利範囲を検討することが重要です。
日機装の成長を横断的に支える知的財産室
ー知的財産室の概要や取り組みについて教えてください。
飯澤:知的財産室の主な業務は、技術者と伴走して、どの技術が特許として出願できるかを見極める「発明発掘」から始まります。先行文献の調査を行い、特許出願すべきかどうかを検討。その結果、特許出願が適切だと判断されれば、特許事務所と協力して必要な書類を作成し、特許庁に出願します。審査に通って特許を取得した後は、その特許をどのように利活用していくのか考えるのも重要な仕事です。
また、近年では、知財情報を経営に活かす取り組みも強化しています。近年、「知的財産戦略」や「IPランドスケープ」といった考え方が注目されています。日機装においても、知財情報を活用して開発テーマや事業戦略を策定し、経営判断に役立てることをめざしています。
浅井:日機装には、インダストリアル、精密機器、航空宇宙、メディカルの4つの技術センターがあり、事業横断的にサポートするのも知的財産室の大きな役割です。社内では知的財産戦略の策定や活動推進を目的とした全社的な会議を年2回ほど開催しており、各事業部の知的財産に関する目標設定や進捗報告をしています。
日機装の製品には、最新技術が多く含まれているため、知的財産室が旗振り役として特許や技術資産を管理し、競争力を向上させることが重要です。
ー日機装の技術を守り、育てるために知的財産室として工夫していることはありますか?
浅井:昨年から社内の知的財産の教育に力を入れています。飯澤さんを中心に進めてもらっており、徐々に効果が出てきていると感じています。
飯澤:はい。知財教育において大切にしているのは「発明者が気づきを得られること」です。これまでは断片的な教育にとどまっていましたが、カリキュラムを整備して、より多くの人が体系的に学べる仕組みをつくりました。
また、技術部との積極的なコミュニケーションも心がけています。特に、現場に出向いて直接試作品などを見ながら質問をすることで自然と会話が生まれ、私たち知的財産室の人間が「別の部署の人」から「同じ目標をめざす仲間」へと距離を縮められているように思います。
その上で意識付けたいのは「知的財産の重要性」です。普段のニュースや業界動向と合わせて、特許出願状況など他社の動向を共有し、知的財産を取り巻く環境への理解を深めています。
浅井:おそらく、飯澤さんはメンバーの中で一番、知的財産室の外に出て社内営業している人ですね。年代の近い技術者のところにも顔を出してコミュニケーションをとってくれるので、以前より若手技術者から出てくる発明も増えたと感じます。
こうして知財教育や技術者とのコミュニケーションに注力した結果、実際に特許出願件数も増えています。出願件数が低迷していた時期もありましたが、これまで特許出願に前向きではなかった部署からの出願も増えてきており、全社的にも出願件数は回復してきています。
近年では、脱炭素に向けた水素やアンモニア向けポンプなどの新しい市場へ向けた技術開発も進んでおり、日機装全体の知的財産活動への追い風となっています。
技術者と伴走し、技術者の挑戦を後押しする、知的財産室ならではの戦い方
ー知的財産室で働く上でのやりがいを教えてください。
飯澤:狙い通りの特許権を取得できた時が一番嬉しいですね。特許出願の審査は、一度で認められることは稀です。特許として登録できない理由がある場合、特許庁から拒絶理由通知が届きます。その際は、審査の流れを見据えながら、意見書・補正書などを提出。審査が想定通りに進んだ際に、技術者と喜びを分かち合う瞬間にやりがいを感じます。
また、日機装が手掛ける様々な分野の最新技術をいち早く知ることができるのも楽しみの一つです。その発明をいかに特許にしていくか、技術として確固たるものにしていくか、仲間として一緒に考えるのは面白いところだと思います。
浅井:特許は取得するだけでなく、他社の特許に対抗する戦略もあります。例えば、技術者が新しい開発を進めても、他社の特許があるがゆえに、自由度が制限されて開発が進まないことがあります。
そんな時は、その特許について特許庁に異議を申し立てます。たとえ特許自体を無効化できなくても、他社の権利範囲を狭めて、自社製品の開発が進められる状況になれば、十分な成果です。これは、技術者の挑戦を支える知的財産室ならではの戦い方。私たちだからこそできる役割だと思っています。
ー専門的な知的財産の領域では、思い通りにいかない場面もあるかと思います。これまでに困難に感じた経験があれば教えてください。
浅井:他社の特許への対応策は、多くの企業が実施しています。そのため、時には日機装が指摘を受けることもあります。もちろん、事前にしっかりと精査した上で出願していますが、それでも完全に防ぐことは難しい。それだけ、知的財産の領域はデリケートで慎重さが求められる分野なのです。事業部の技術分野に対応した最新の特許公報を事業部と共有することにより、技術者が開発を円滑に進められる環境を整えています。
飯澤:技術者にとって、特許や知的財産という言葉は、複雑で煩わしく感じられることがあります。私自身、前職は防災機器メーカーで研究開発に携わる立場だったので、その気持ちはよく分かります。だからこそ、難しい専門用語を分かりやすく噛み砕き、技術者の視点に立ってコミュニケーションを図ることが大切だと感じています。
ーなぜ、飯澤さんは研究開発職から知的財産業務へとキャリアチェンジされたのでしょうか?
飯澤:研究開発は「0から1」を作り出す仕事です。一方で、知的財産の仕事は「1を10」に広げていくことだと思っています。技術の新しい活用方法を見つけたり、権利を広げたり、発明者が考えていなかった応用を提案する……。そうした知的財産を戦略的に利活用する仕事に魅力を感じ、技術者から日機装の知的財産室へ転職しました。
また、開発職での経験があり、技術者の気持ちに共感できることは自分の強みだと思っています。例えば、基本的な機械製図、製造方法、力学の知識はあると思っているので、実際にモノを見たり、開発の流れを聞いたりすれば、技術者の課題感に共感することができます。「これはこういう仕組みですよね」といった対話から深い議論に発展させることで、特許出願が前に進むこともあるんですよ。
知的財産の力で、日機装の技術力を守り、強化していきたい
ー知的財産室としての今後の構想を教えてください。
浅井:現在、知的財産室は事業部ごとに担当を振り分けています。例えば飯澤さんには、インダストリアル事業本部の知財業務をメインに引き受けてもらっています。この体制は、幅広い知的財産業務の経験を積めるというメリットもありますが、今後はメンバーの専門性をより高めていく仕組みを構築したいですね。
飯澤:現在、日機装では脱炭素など新しい市場にも挑戦しながら、技術開発を進めており、これに伴う特許出願を計画的に進めていきたいと考えています。特許は、法制度や他社の動向に影響されるため、やみくもに特許出願数を増やせばいいわけではなく、戦略的に「特許網」を張り巡らせることが重要です。同時並行でたくさんの案件を進捗させ、効果的にコントロールするのは浅井さんが経験豊富な分野なので、私も勉強させてもらっています。
また、2027年5月には東村山の日機装技術研究所に新研究棟が完成予定となっており、知的財産戦略の強化やグローバル展開が進められる予定です。会社からの期待に応え、事業や経営戦略にも貢献できるよう、小さな取り組みから着実に進めていきたいと考えています。
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