ものづくり
2024/11/06
【JAXA×日機装#3】ロケットと水素航空機、ポンプ視点で見た違いは?
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目次
水素航空機の実現に向けて、液化水素をエンジンに送り込む過程で使うブースタポンプを開発している日機装。開発に欠かせない性能試験を、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の角田宇宙センター(宮城県角田市)で実施しています。
初回「【JAXA×日機装#1】水素航空機向けポンプ性能試験の舞台、角田宇宙センターってどんな施設?」、2回目「【JAXA×日機装#2】液化水素って、どんな性質?「極低温」という難敵に立ち向かうには」に引き続き、今回も試験にご協力していただいている同センターの元所長・吉田誠さん(写真㊧)にインタビュー。ポンプの開発に携わってきた日機装の服部雅威フェロー(写真㊨)とともに、ロケットと水素航空機の違いを、ポンプに着目して語ってもらいました。
(※写真注:静電気による爆発事故を防ぐため、日機装の服部もJAXAの帯電防止作業着、帯電防止靴を着用しました)
吉田 誠:東京大学工学部卒業、同大大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻を修了後、科学技術庁航空宇宙技術研究所(現・JAXA)の研究員に。H2ロケットの1段目エンジン「LE-7」の開発などに携わる。2016年 より角田宇宙センターの所長を務め、現在は研究開発部門 第四研究ユニット 特任担当役。工学博士。 |
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1万“秒”と1万“時間” 想定する寿命は単位が違う
——同じポンプでも、ロケットと水素航空機で違う点はなんでしょうか
吉田:まずは寿命でしょう。運転時間が圧倒的に違います。ロケットエンジンの1段目は、飛んでいる時間(=稼働時間)が6分ぐらいです。設計の基準としては、その約4倍の30分くらい運転できればOKです。特に寿命を左右する軸受けに関しては、これまでの試験で運転した最長時間が約1万秒(≒2時間45分)でした。
※軸受け…回転する軸と、回転を支える部分の間に挟み込み、摩擦を減らす部品や潤滑剤によって回転を滑らかにするリング状の部品。極力摩擦を抑えるものの、摩耗しやすい。
一方で、航空機のエンジンはオーバーホール(分解点検)まで1万時間ぐらい使い続けます。秒と時間で単位が違うんです。ですから、この寿命の問題が、水素航空機のポンプを開発するうえで一番の苦労する点だと思います。
——寿命を左右する重要な要素は、軸受けなのですか
吉田:既存の航空機のジェットエンジンでは、軸受けの潤滑剤に油を使っていますが、ロケットエンジンでは油が使えません。推進剤に液化水素や液化酸素を使っていますから、これらの極低温によって油が凍ってしまうためです。その代わりとして、テフロン(フッ素樹脂)の薄い皮膜を使って固体潤滑をしています。
テフロンを使った固体潤滑での最長運転時間は1万秒で、通常の運転で軸受に加わる力には十分に耐える強さがあることはわかっているのですが、それでも大きな荷重が掛かってしまうと皮膜が部分的に破れてしまい、寿命がすごく短くなってしまいます。
——そうなのですね。しかし、水素航空機のポンプは、より長寿命化させなくてはいけませんね。
服部:すでに製品化されているLNG向けクライオジェニックポンプは、8000時間の運転寿命を保証していますので、水素航空機用ポンプも、同じぐらいの寿命を保証しなくてはいけないと考えています。
長寿命化に向けた課題として、開発チームの中で議論しているのが、軸受けに掛かる荷重の問題です。ポンプは回転させると、軸方向・半径方向に力が加わっていきます(軸方向・半径方向スラスト)。ポンプの内部流れを工夫するなど、これを解消する方法はあるのですが、その策を講じるとポンプの性能は逆に落ちてくる可能性があるので、そのトレードオフのバランスを考える必要があります。
結果として抑えきれなかった分の荷重は、軸受けで受け持つことになります。クライオジェニックポンプやキャンドモータポンプの場合、軸受けの潤滑は送液する液そのものが担うことになりますが、水素航空機で使う液化水素はあまり潤滑性がないので、潤滑剤としての役割は期待できません。
そのため、流体数値解析などのシミュレーションを駆使し、軸方向・半径方向スラストを軽減する構造を設計しているところです。
――寿命以外にも、違いはありますか
服部:燃料タンクの位置も大きな違いの一つです。ロケットの場合には、タンクがポンプより上にあるので、重力によって液をポンプに押し込む力が働いて、ポンプは液を吸い込みやすくなります。それに加えて、ロケットの加速度は飛行中に1.5Gから4G(重力が地上の1.5~4倍かかる)に増えるので、吸い込む液体が重力によってますます吸い込みやすくなります。一方で、航空機の場合には、タンクは翼か客席の下にあるため、ポンプとの高さは同じ。そのため押し込める力はゼロで、その分吸い込ませるのが難しくなります。
ロケットは「精密」、水素航空機は「タフ」
――長年、ロケットエンジンを開発してきた吉田さんが、今回初めて水素航空機用の液化水素ポンプの開発に携わって感じる面白さは、どんなことでしょうか
吉田:初体験ばかりで、すべてが面白いですよ。モータで回すポンプだと、「こんなやり方でできるんだな」というのが新鮮です。ロケットのエンジンに求められているのは「精密さ」。一方で、水素航空機用に求められているのは、「タフさ」あるいは「ロバスト(強靭)さ」だと考えています。
――それは、どういう意味でしょうか
吉田:例えば、H2ロケットのエンジン「LE-7」のターボポンプは2つ合わせて、3万2000馬力あります。これは大型石油タンカーのエンジンに匹敵します。ただ、石油タンカーの場合は、建物1つぐらいの大きさのディーゼルエンジンでそれだけのパワーを出すのですが、ロケットは自動車と同じくらいの大きさのエンジンでそれだけのパワーを出さなくてはいけないので、エネルギーの集約度が全然違います。そのため、一旦なにか不具合が起きるとすぐに爆発してしまうのです。だから、「精密」。悪く言えば、「脆弱」です。
一方、水素航空機について。例えば、実際に実用される時のことを考えます。水素航空機のポンプが熟練の技術者しかメンテナンスできないほど取り扱いが難しいものだとしたら、メンテナンス人材が足りなくなってしまうので、現実的ではないですよね。技術者がある程度のトレーニングを積んでおけば、取り扱えるぐらいに「タフ」なポンプでなくては、製品として売るわけにはいかない。それが“産業用“のポンプということなんだと思います。
——今回の試験の中でも、違いを感じることがありますか
吉田:そうですね。例えば、今回はポンプが持つ、吸い込もうとする力(NPSH)を検証する試験をしています。
ロケットの場合は、吸い込み不良で出口圧力が落ちてしまう、その流量のポイントが分かれば良いのですが、水素航空機の場合には、吸い込みの余裕がない状態でどれだけ長く維持できるかを測定することが重要です。
服部:ロケットの場合は、ポンプが稼働するのは打ち上げ時だけなので使う流量域が限られますが、航空機の場合には違います。離陸時には、大量の燃料を使うので大流量が求められますが、上空で安定飛行をする時は、多くの燃料を必要としないので流量を絞ったりします。このように使用流量域の幅が広いため、さまざまな流量で試験をしなくてはいけません。
「JAXAが培った水素のノウハウ、日機装に伝えていきたい」
――水素航空機向けポンプの開発に向けて、JAXAの知見をどのように生かしていきたいでしょうか
吉田:水素の扱い方全般ですね。水素を使った試験のやり方や適合する素材、想定されるトラブルなど…。私たちが長年かけて蓄積してきたノウハウを、伝えていきたいと思います。逆に、民間の方から得られることは、常識の違いですよね。JAXAが絶対にできないと考えていたやり方を、もうすでにやっていたりしますから。
そして、水素の中で何時間も耐えうるような軸受けがあれば良いなと思っているので、そういうデータが是非欲しいですね。民間の方々が水素を多く使うようになると、宇宙開発を行うJAXA側が教えられることがどんどん増えるのではないかと期待しています。
――日機装としては、JAXAの協力を受けることに対して、どのような期待を持っていますか
服部:今回の液化水素を使った試験は、JAXAさんのご協力があってできたことです。また、川崎重工業さんや岩谷産業さん、JAST(航空宇宙技術振興財団)さんにも、ご協力いただいています。
日機装ではこれまで、社外の方と一緒になって研究開発することはあまりありませんでした。しかし、今回のようにさまざまな組織の方々と連携しながらプロジェクトを進めていくことで、技術者としての幅が広がると思いますし、非常に面白いです。この経験を社内に広く共有することで、日機装全体のレベルアップにつながるのではと思います。
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