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2022/12/23

水素航空機で空の脱炭素を実現する?知っておきたい基礎知識から開発状況まで

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水素航空機で空の脱炭素を実現する?知っておきたい基礎知識から開発状況まで

目次

気候変動対策として世界各国で脱炭素化を目指す動きが生まれる中、航空業界では温室効果ガスの排出量削減を実現するべく「水素航空機」の研究開発が進められ、注目を集めています。 

今回は水素航空機の概要や研究開発が進められるようになった背景から、各企業による開発状況まで、詳しく解説します。 

水素航空機とは?おさえておきたい基礎知識

水素航空機

まずは水素航空機の概要と、注目されるようになった背景からご紹介します。

空の脱炭素に向けたゼロエミッションの次世代航空機 

水素航空機とは、燃焼させても二酸化炭素を排出しない「水素」を動力源とする “ゼロ・エミッション(※)” の次世代航空機です。 

空の脱炭素化を実現するための施策の一つとして、エンジンの開発や商用化に必要な条件の検討、安全かつ効率的な運用のための技術研究などが世界中で盛んに行われています。 

※ゼロ・エミッション:人間の活動から生まれる排出物をゼロにする、限りなくゼロに近づけること。廃棄物だけでなく、CO2など気候を汚染する物質の排出を削減するという意味でも用いられる。

航空業界と気候変動の問題

水素航空機の研究開発が進められ注目を集めるようになった背景には、航空業界が地球環境に与える負荷の大きさがありました。

現在の航空機の多くは動力源として化石燃料を使用しており、日本においては二酸化炭素総排出量のうち18.5%を運輸部門が、そのうち5%を国内航空が占めています(※)。環境意識の高まりから、こうした航空業界からの二酸化炭素の排出を減らそうと、欧州を中心にフライトシェイム(飛び恥)という考え方が広まったのは記憶に新しいところです。 

このような状況を背景に、国際民間航空機関(ICAO)は「2024年以降に国際線の航空機による二酸化炭素排出量を2019年比で15%削減すること」「2050年に排出量実質ゼロを実現すること」などの目標を採択。これを受け、航空各社に脱炭素実現に向けた取り組みが求められるようになったのです。 

議論の方向性としては、

  1. 持続可能な航空燃料(Sustainable Aviation Fuel=SAF)の導入による燃料の脱炭素化
  2. 航空機への新技術の導入
  3. 管制の高度化による運航の最適化

の3つが主軸となっており、「新技術導入」の枠組みで水素航空機の研究開発が進められています。  

(※参照:国土交通省 航空局「航空分野におけるCO2削減の取り組み状況」令和3年4月)

航空機の水素エネルギー活用手段

航空機に水素エネルギーを活用するにあたっては、大きく分けて①水素燃料電池 ②水素燃焼 の2つの方法が考えられます。 

水素燃料電池

水素と酸素の化学反応でエネルギーを生み出す発電装置=水素燃料電池を機体に搭載し、電気でファンを駆動させる方法です。

発電の際に発生するのは水のみで、二酸化炭素や窒素酸化物といった大気汚染につながるガスを一切発生させないことが特徴です。

一方で高い推力を得るためには燃料電池を大きくする必要があることから、大型旅客機などには向かないと考えられており、乗客数が少なくフライト距離も比較的短い機体への採用が検討されています。

水素燃焼エンジン(水素ガスタービンエンジン)

現在の航空機の燃料をそのまま水素に置き換えるイメージで、水素をエンジンで燃焼させて推力を得る方法です。燃焼時に二酸化炭素は発生しません。

基本的には燃料電池をはじめとした発電装置を必要とせず燃料供給系がシンプルなことから、大型の旅客機に適した方法だと言えるでしょう。

しかしながら、実現に向けては技術的な高いハードルが存在しています。 

  1. 液化水素燃料の貯蔵
    航空機に搭載可能なレベルまで飛躍的な軽量化を達成したうえで、高度10,000mの上空という環境下において、マイナス253℃という極低温の液化水素を適切に貯蔵することが求められています。さらに、既存ジェット燃料と比較して、液化水素燃料は約4倍の体積が必要となることから、タンク配置など、機体全体の構造検討も必要となります。 

  2. 液化水素燃料の供給
    極低温の水素燃料を、貯蔵タンクからエンジンまで安定供給するための燃料供給システムの開発が必要とされています。水素燃料に対応したポンプや気化器等、付随部品も必要です。 

  3. 水素燃焼時の窒素酸化物(NOx)の抑制 
    水素燃焼時は火炎温度が極めて高くなることから窒素酸化物の排出が増大すると考えられるため、排出量を抑制する技術開発が進められています。

水素航空機の開発状況 

航空機

続いて、各社の水素航空機の開発状況をご紹介します。

エアバス:2035年の商用化を目指し業界をリード

航空機製造大手であるフランスのエアバス社は、航空業界全体の脱炭素化を先導するべく、2035年までにゼロ・エミッション航空機の就航を実現させることを目指しています。

2020年9月には、水素を主な動力源とする世界初のゼロ・エミッション旅客機「ZEROe」のコンセプトモデル3種を発表しました。3つのコンセプトはいずれも液化水素を燃料として燃焼させるガスタービンエンジンと、ガスタービンを補完する水素燃料電池から構成されるハイブリッド型の推進システムを採用しています。

【コンセプトモデルの概要】

  • Turbofan:乗客数は120〜200人、航続距離はおよそ3,700kmで、大陸横断ができる
  • Turboprop:乗客数は〜100人、航続距離はおよそ1,900kmで、短距離飛行に向いている
  • Blended-Wing Body:Turbofanと同様に乗客数は〜200人、航続距離はおよそ3,700kmで大陸横断ができる上、胴体部分が幅広のデザインのため水素の貯蔵・分配や客室レイアウトの自由度が高い  

また2022年2月には、実証機によるデモンストレーションフライトの計画を明らかにしています。デモンストレーションは5年内の実施が予定されており、商用化に向けた開発が着実に進んでいるものと見られます。

また同日には、水素燃焼エンジンの地上・飛行実証のため、ゼネラル・エレクトリック(GE)とサフラン・エアクラフト・エンジンズの合弁会社で航空エンジン大手のCFMインターナショナルとパートナーシップを締結したことを発表しました。 

さらに2022年11月、エアバスは水素を動力源とする燃料電池エンジンを開発していることを発表。 A380飛行試験機にシステムを搭載し検証を進める予定です。


(参照:経済産業省「航空機産業をとりまく情勢と社会実装に向けた取り組み」、 Airbus「Airbus reveals new zero-emission concept aircraft」2020, 9、「Airbus reveals hydrogen-powered zero-emission engine」2022,11)

川崎重工業:2040年頃の事業化を目指す

川崎重工業株式会社は、積極的な温暖化対策によって “経済と環境の好循環” に貢献するべく、「水素航空機向けコア技術開発」に取り組み2030年に地上での実証試験を実施することを計画。この事業を国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「グリーンイノベーション基金事業」で提案し、2021年11月に採択されました。

現在は、水素燃焼機や液化水素タンク、水素供給システムの開発や、機体構想の研究を進めています。 2023年10月現在の事業戦略ビジョンにおいては、2040年ごろに事業化する計画としています。

また同社は、水素の大量生産や空港への輸送、空港での補給といった一連のサプライチェーンを整備するために、関係各社との連携も強化してきました。

2022年4月には、エアバス社との協働を発表。サプライチェーン構築を見据えた政策提言や、課題解決に向けたロードマップの作成に共に取り組むことで合意しています。 

(参照:川崎重工「『水素航空機向けコア技術開発』がNEDOグリーンイノベーション基金事業に採択」2021, 11、「エアバスと川崎重工、日本における水素の利用促進調査で協力」2022, 4)

ゼロアビア:水素燃料電池搭載の商用機飛行に成功

イギリス・アメリカに拠点を持つゼロアビア社は2020年9月、世界で初めて水素燃料電池を用いたエンジンを搭載する商用機の飛行を成功させました。

さらに、2024年までに商業運航を開始することを目指して19人乗り航空機による試験を計画している他、2022年には3000万ドルの資金調達を行い、水素燃料を用いたエンジンの開発をさらに加速させていくとしています。 

(参照:CNBC「Hydrogen-powered passenger plane completes maiden flight in ‘world first’」2020, 9、ZeroAvia「ZeroAvia Secures Additional $30 Million in Funding from IAG, Barclays, NEOM & AENU」2022, 7)

H2FLY:飛行高度の世界記録を更新

ドイツのH2FLY社は2022年4月、水素燃料電池を動力源とするデモ機「HY4」が、高度約2200mでの飛行に成功し、飛行高度における世界記録を更新したと発表しました。

この実験における定員は4名でしたが、同社はドイツのDeutsche Aircraft社と共同で開発に取り組み、2025年までに40人乗りの旅客機を実現させることを目指しています。

(参照:H2FLY「Flight test camapaign successful: H2FLY sets hydrogen-electric flight world record」2022, 4)

ATI:長距離飛行が可能な新型旅客機を発表

イギリスの航空宇宙技術研究所(ATI)は2022年3月に、研究を進めている水素航空機「FlyZero」の商業・運用レポートを発表。リージョナル・ナローボディ・ミッドサイズ、3種の機体のコンセプトを明らかにしました。 

3種それぞれに構造や搭乗可能客数、航続可能距離が異なっており、地域間輸送〜長距離の商業航行などの需要に対応するとしています。リージョナルは水素燃料電池、ナローボディ・ミッドサイズは水素燃料タンクを搭載することが想定されています。

(参照:ATI「FlyZero: Commercial and operations reports published」2022, 3) 

水素航空機と日機装 

日機装は、川崎重工業株式会社から液化水素用ポンプ開発の再委託先として選定され、水素航空機に搭載された燃料をエンジンに供給する役割を担う、小型軽量かつ安全性・信頼性を担保したポンプの研究開発に取り組んでいます。

また、水素航空機の実現に向けては、これまで以上に機体の軽量化が求められることから、日機装がこれまで培ってきたCFRP製航空機部品の製造技術・ノウハウを生かして、軽量化に貢献できる新たな設計、製法の研究開発にも取り組んでいます。

エンジンや機体の開発と並んで商用化に欠かせない要素である、水素の安定供給にまつわる設備や要素技術の開発とCFRP素材を使用した構造材部品の開発を通して、日機装は航空業界のゼロ・エミッションに貢献してまいります。 

まとめ

燃焼時に二酸化炭素を排出しない水素を動力源とする水素航空機は、環境負荷を軽減した移動・輸送手段として注目を集めており、世界各地で商用化に向けた研究開発が進められています。

日機装は水素航空機に燃料を供給するために欠かせないポンプの開発を通して、航空業界の脱炭素化に貢献してまいります。