ものづくり

2024/10/09

【JAXA×日機装#2】液化水素って、どんな性質?「極低温」という難敵に立ち向かうには

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【JAXA×日機装#2】液化水素って、どんな性質?「極低温」という難敵に立ち向かうには

目次

水素航空機の実現に向けて、液化水素をエンジンに送り込む過程で使うブースタポンプを開発している日機装。開発に欠かせないポンプ性能試験を、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の角田宇宙センター(宮城県角田市)で実施しています。

前回「【JAXA×日機装#1】水素航空機向けポンプ性能試験の舞台、角田宇宙センターってどんな施設?」に引き続き、今回も試験にご協力していただいている同センターの元所長・吉田誠さん(写真㊨)にインタビュー。ポンプの開発に携わってきた日機装の服部雅威フェロー(写真㊧)とともに、ポンプを開発する上で立ちはだかる液化水素の厄介な性質や、これに対応するためのノウハウについて、お話を聞きました。

(※写真注:静電気による爆発事故を防ぐため、日機装の服部もJAXAの帯電防止作業着、帯電防止靴を着用しました)

吉田 誠:東京大学工学部卒業、同大大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻を修了後、科学技術庁航空宇宙技術研究所(現・JAXA)の研究員に。H2ロケットの1段目エンジン「LE-7」の開発などに携わる。マサチューセッツ工科大学の客員研究員などを経て2016年より角田宇宙センターの所長を務め、現在は研究開発部門 第四研究ユニット 特任担当役。工学博士。

前回の記事はこちら


【JAXA×日機装#1】水素航空機向けポンプ性能試験の舞台、角田宇宙センターってどんな施設? |Bright

「Bright」は、社会を根底から支える技術や製品、人々に光をあてて紹介するとともに、未来に向けて挑戦する日機装の取り組みを紹介します。

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日機装は水素航空機向け液化水素ポンプを開発

2023年6月、世界初の実液試験(浸漬型電動モータによる)に成功した日機装の液化水素ポンプ

――今回、日機装が開発している水素ポンプはどのようなものですか

服部:日機装が開発している水素ポンプは、水素航空機向けのものです。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が運営する「グリーンイノベーション基金事業」(GI基金)の採択プロジェクトとして、川崎重工業 様(以下、川崎重工)が水素航空機向けコア技術の開発を行っています。この中で、日機装は川崎重工から再委託を受けてブースタポンプの開発に取り組んでいます。


次世代航空機の開発 | NEDO グリーンイノベーション基金

2020年10月、我が国は「2050年カーボンニュートラル」を宣言し、2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする目標を掲げました。この目標は、従来の政府方針を大幅に前倒すものであり、並大抵の努力で実現できるものではありません。エネルギー・産業部門の構造転換や、大胆な投資によるイノベーションといった現行の取組を大幅に加速することが必要です。 このため、グリーンイノベーション基金事業(以下「基金事業」という。)により、NEDOに2兆円の基金を造成し、官民で野心的かつ具体的な目標を共有した上で、これに経営課題として取り組む企業等に対して、10年間、研究開発・実証から社会実装までを継続して支援します。

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ブースタポンプは、燃料となる液化水素を燃料タンクからエンジンポンプへと昇圧して送液するポンプです。最終的には液化水素は、エンジンポンプによってエンジン燃焼器へと送られます。

日機装は2023年6月、角田宇宙センターで世界初の実液試験(浸漬型電動モータによる)に成功しました。現在は、この試作機にさらなる改良を加えて、吸い込み性能の試験を実施しています。


水素航空機向け液化水素ポンプの実液試験に成功~世界初、浸漬状態における高速回転で~ | お知らせ | 日機装株式会社

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――なぜ角田宇宙センターで試験することになったのでしょうか

服部:液化水素は-253℃という極低温の液体です。日機装はすでに-163℃のLNG向けポンプを製品化していますが、液化水素はさらに低温です。そのため、-253℃という極低温がポンプの構造や素材に対して、どのような影響をもたらすか、実際の液化水素を使って確かめる必要があります。

 液化水素を使ってポンプを動かす試験設備は、国内にはJAXAの角田宇宙センター(宮城県)と能代宇宙センター(秋田県)しかありませんので、今回は角田宇宙センターで試験をすることになりました。

極低温による部品収縮、隙間から漏洩…液化水素は難しい

――液化水素の取り扱いが難しいのは、どのような性質があるからですか

吉田:まずは、やはり温度の低さです。複数の部品を常温で組み立てた機械は、-253℃の液化水素に浸かると冷却されて、それぞれの部品が縮んでしまうことがあります。そうなると、ゆがみが生じてガタガタな機械になってしまいます。

試験終了後のポンプには霜が付着し、周囲には冷気が立ち込めていた

また、材料の性質が変わってしまうこともあります。例えば、常温では柔らかい樹脂が、冷却されると金属以上に硬くなることがあるのです。こうした樹脂を機械の素材に採用すると、隙間が生まれて液体が漏れてしまうことがあります。

もう一つの厄介な性質が、分子の小ささです。水素分子はとても小さいため、わずかな隙間でも漏れ出してしまいます。水素は燃焼性が高いため、漏れ出すと危険です。

——ロケットエンジンの開発において、極低温という液化水素の性質は難敵なのですね

吉田:そうですね。ただ、JAXAとして液化水素の取り扱いにはかなり慣れているので、こうした特性は設計段階から織り込み済みです。それぞれの部品が、極低温によって縮んだ時にぴったり合うよう、逆算をして設計をしています。

——日機装もLNGなどで極低温の技術があると思いますが、いかがでしょうか

服部:LNG向けのクライオジェニック(極低温という意味)ポンプは、日機装が世界シェア50%以上を占めていますので、極低温ポンプの設計ノウハウは当社にも多くあります。クライオジェニックポンプの性能試験設備は、宮崎日機装がある宮崎と子会社グループ”CE&IGグループ“の拠点がある米ラスベガスに備えてあり、世界中から集まった技術者たちが知見を持ち寄って設計に生かしています。その中で、JAXAさんと同じように、それぞれの金属の熱収縮率などを加味して、設計していますよ。

ただ、液化水素はさらに90℃低い-253℃です。計算によってある程度、収縮の仕方は求めることができますが、部品の形状によって誤差が出てきます。実際の試験を通じて、液化水素についても設計の精度を上げていきたいと考えています。


LNGから水素まで、極低温の液体を送るクライオジェニックポンプの開発とは|Bright

LNG(液化天然ガス)を世界中で利⽤するために欠かせない機器の一つ、「クライオジェニックポンプ」。

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「サブゼロ処理」「予冷」…ここで差が付く液化水素対策

――熱収縮率を考慮した設計のほかに、水素の特性に対する対策はありますか

吉田:色々ありますが、代表的なものがサブゼロ処理です。材料を事前に液化窒素の温度まで冷却しておく作業のことです。

 材料となる鋼材の中身は硬度が不均一になっていて、極低温によって収縮する時に均一には収縮せず、思わぬひずみが生じる場合があります。この現象への対策として、あらかじめ鋼材に極低温を経験させてから加工すると、極低温にさらされてもひずみが出なくなるのです。精度が求められる回転機械には、特に必要な処理となっています。

 それから、材料の選定も重要です。水素は分子が小さいので、金属の分子の網目の中に、水素の原子が入り込んでしまいます。これによって、鋼材の強度が低下する「水素脆化」という現象を引き起こす可能性があります。そのため、水素脆化を起こしやすい材料は選ばないことが重要です。

——日機装でも極低温への対策を講じているのですか

服部:日機装はこれまでも、部品によりますがLNG向けのポンプでサブゼロ処理をしており、今回の水素航空機向けポンプでも実施しています。サブゼロ処理は、知らない技術者の方も意外といますので、差が出るポイントだと思います。

――ポンプを稼働させる際にも気を付けることがありますか

吉田:あります。極低温用ポンプは極低温まで冷やされた時にはじめて正常に動くため、稼働前に液体を流して機械を冷やしておく予冷という工程が必要です。試験本番でも液化水素は使いますので、予冷のためにあまり多く使いたくないのですが、ポンプは大きな塊なので全体が冷えるのには時間が掛かるため、調整が必要な大変な作業です。

慎重を期して予冷作業を進めていく、JAXAと日機装の技術者たち

「予冷を十分にやらないとダメだな」と痛感した失敗経験はたくさんありますが、そうは言っても、これくらい冷やせばポンプを動かし始めることができるというノウハウは、私たちの中に染みついています。しかし、今回の日機装さんの水素航空機向けポンプは初めてですから、どこがどれだけ冷えれば十分か、分かっていません。そのため、各所に取り付けた温度センサを見て判断しています。

ロケットでは予冷が不十分だと、危険をもたらすことも

予冷中のLE-9エンジンターボポンプ©宇宙航空研究開発機構(JAXA)

――予冷を十分に行わないと、どのような問題が起きるのでしょうか

吉田:液化水素が熱を持って、気化してしまいます。水で言えば沸騰した状態です。ポンプが液体で十分に満たされていない状態で試験を行うと、狙っていたデータが取れなかったり、吸い込み不良で空回りしたりします。

 ロケットの場合、空回りは危険です。ロケットのターボポンプは、タービンを回転させることで動力とし、ポンプを回しています。ただ、ポンプ内にあるはずの液体が蒸発して気体になっていると、タービンに本来掛かるはずの負荷が掛からず、タービンは過剰に高速な回転を引き起こします。そうすると、遠心力で自らを破壊してしまうので、予冷にはかなり気を遣っています。

 服部:水素航空機のポンプの場合、電動モータでポンプを回しています。電動モータはインバータによって回転が制御されるので、ロケットのように過回転が発生することはありません。

 しかし、予冷が不十分で液体が気体になると、ポンプとして機能しません。それどころか、液体が果たすべき、軸受けの潤滑やモータの冷却といった役割も果たせないため、機械を損傷させる可能性があります。

 開発段階だけでなく、実際に飛行機として運用する段階でも、何かしらの形で予冷をしなくては、機械として成り立ちません。その点でも、工夫が必要になってくると考えています。

――今回の試験でも予冷で苦労することはありましたか

吉田:ロケットのポンプに比べて、水素航空機のポンプは※圧力差がかなり小さいです。そのため、JAXAとしては、どれくらい予冷をすれば良いのか、どういう状態になったら吸い込み不良が起きていると言えるのか、判断基準が最初はなかったですね。

※圧力差…ポンプが液体にエネルギーを加えることで生じる、液体の吸い込み側と吐き出し側の圧力差。これによって、吸い込み不良が発生しているか判断できる。

日機装の技術者と意見を交わす吉田さん㊥

服部:いつの試験でも、序盤はどうしても予冷が不十分であるためのトラブルが起きてしまいます。今回の試験でも、やってみて初めて分かったことが多いのですが、予冷が本当に大事な要素であるということは改めて痛感しました。

試験中はポンプの中身が見られるわけではないので、計器を使って温度や圧力を把握し、予冷が十分かを判断します。試験を重ねるごとに、内部の状況がうまく判断できるようになって、スムーズに運転を始められるようになりました。

≪※次回の記事では、ロケットと水素航空機の違いをポンプに着目して語ります≫

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