ものづくり
2023/11/29
企業の技術職の特徴って? 特に日機装の強みは│学生の疑問にお答えします
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目次
企業に就職して技術職として働くか、大学や研究機関などアカデミアの世界に残って研究を続けるか——。そんな選択の岐路に立っている学生の皆さんも多いのでは。
今回は、先端的研究への果敢な取り組みで表彰を受けたポンプ技術者の江尻真一郎氏に、企業とアカデミアの研究開発の特徴や得意分野の違いについて聞きます。企業だからできること、アカデミアだからできること。そして、日機装だからできること、とは。
江尻真一郎:鉄道車両メーカーを経て、2017年に入社。インダストリアル事業本部 流体技術センター開発部と日機装技術研究所 研究開発部に所属し、主に遠心ポンプの研究開発に従事している。(※所属・肩書は取材時点のものです) |
企業とアカデミアの連携で、不可能を可能にする
——今年9月にターボ機械協会のチャレンジ大賞を受賞されました。ターボ機械に関する先端的な研究や技術開発に取り組む若手研究者に贈られる賞とのことですが、企業に所属しながら学術的な研究に取り組む意義について、どのように考えているのでしょうか
江尻:産業機械分野での自然科学の社会実装のプロセスは、
(1)まず、理学による現象の発見(いわゆる基礎研究)
(2)その後、工学による有用性の探求(いわゆる応用研究)
(3)最後に、産業による製品化(いわゆる製品開発)
という大きな流れがあります。
一部の巨大メーカーグループは例外ですが、(1)基礎研究 から(3)製品開発 のすべての流れを単独で行うのは不可能です。そのため、上流を大学や研究機関のようなアカデミアが、下流を企業が受け持ち、連携することが大切です。得意な部分を役割分担すれば、単独ではできないことも、できるようになります。
この連携をスムーズに実現させるため、先端技術を扱う企業では(2)と(3)の境界領域のような部分を取り扱う必然性があります。ですので、学術的な研究も必要な機能の一つです。
特殊な液を扱う日機装だから、研究開発にやりがいがある
——アカデミアと企業では、得意とする分野が違うのですね。どのような要因が背景にあるのでしょうか
江尻:大学・研究機関では、利益が求められるわけではないので、企業ではやりづらい基礎研究に取り組むことができます。ただ、大がかりな製造設備や設備を運用する人員がそろっていないため、研究成果を世の中に実装する能力やリソースがありません。
大学・研究機関と比べて、企業は“ものづくり”の機能が格段に優秀で、大掛かりな実験や、こだわった仕様の実験装置の設計・製作などが容易です。
さらに言えば、企業はモノを作る仕組みがすでに完成しています。部品をそろえる調達の人がいれば、実際に製造設備を動かす工場の人もいます。業務として構築されている“ものづくり”の仕組みに落とし込めさえすれば、新しい技術を形にすることはさほど難しくはありません。実現可能性を含めて考えれば、大学・研究機関よりも企業は“ものづくり”の自由度が高いと感じています。
——中でも日機装が得意とする研究開発はどんなことですか
江尻:世の中のほとんどのポンプは水を取り扱うためのものですが、日機装のポンプは基本的には水以外の高温・極低温・有毒など特殊な液体を最終的なターゲットとしています。ですから、普通のポンプを開発するよりも一歩深く考えなくては、製品として成り立ちません。
大量生産品のポンプの研究開発であれば、コストメリットが重要視されるため、汎用の材料を使っていかに安く済ませるか、という点にポイントを置く必要があります。しかし、特殊な液体を扱うとなると、液体の特性に耐えうる材料選びから検討が必要です。
今よりさらに幅広く材料を選べるような環境ができてくれば、もっとチャレンジングに考えて開発ができます。そうすれば、材料系を学んできた人が、さらに活躍できると思います。
——特殊な液体を扱うニーズは拡大しているのでしょうか
江尻:今であれば水素やアンモニアが、脱炭素社会の実現に向けて社会的なニーズの高い液体です。しかし、今後はさらに別のニーズが生まれてくると思います。例えば、宇宙開発がさらに活発化されることが予測されているので、それらに必要になる液体に可能性があると個人的には考えています。これまで取り組んでこなかったチャレンジングな液体を扱う社風は他社にあまりなく、新しいポンプ開発において当社にアドバンテージがあると考えています。
このように真面目に研究開発をやるならば、一歩難しい領域まで踏み入ることができる。他でやっていないことをやりたいのなら、やりがいのある会社ですよ。
旋回失速とキャビテーション、ポンプの“宿命的課題”を研究
——先端技術を扱うならば、(3)製品開発だけでなく、(2)応用研究 との境界領域にも取り組む必要があるとのお話がありました。江尻さんはどんな研究を行っているのですか
江尻:主に旋回失速とキャビテーション、そして金属3Dプリンタの産業利用です。順に説明しますね。
旋回失速は、ポンプを設計流量よりも低い流量で運転したときに発生する内部流れの不安定現象です。失速領域が回転することから、旋回失速と呼ばれています。この現象により、ポンプが振動してしまうため、ポンプや周辺設備の劣化につながります。
——キャビテーションとはどのような現象ですか
江尻:キャビテーションは、ポンプ内の液体に気泡が発生する現象です。遠心ポンプは羽が付いた車輪状の羽根車を液中で回して、その遠心力の勢いで液体を送っています。羽根車を回すと、ポンプの中で液体に掛かる圧力が高い場所と低い場所ができますが、圧力が下がった場所は沸点が低くなるため、液体が気化して気泡ができる場合があります。山に登ると空気が薄くなり(大気圧が下がり)、水が100℃以下でも沸騰するのと同じ原理です。
ポンプは液体が入った状態を想定して設計されていますので、液体の中に気泡ができてしまうと、本来の性能を発揮できません。
旋回失速とキャビテーションの研究は、大阪工業大学(大阪市)の研究室と共同で取り組んでいます。
——旋回失速やキャビテーションは多くの種類のポンプで起こり得る現象なのですか
江尻:そうですね。そのため、ポンプの宿命的な課題とも言えます。大昔から研究されていますが、細かな発生メカニズムや現象を抑制する方法はまだ完全には解明されていません。難題ですが、ポンプを今よりも安全に動作させるために研究を続けています。
——金属3Dプリンタの研究はどのようなものですか
江尻:ポンプの羽根車の製造に活用しようという研究です。液化天然ガスなどを送液する特殊仕様の遠心ポンプは生産台数が少なく、類似仕様のポンプの生産が数年~数十年に1回ということもありえます。
そのため、鋳造を用いた製造プロセスを適用した場合は、長期保存している型枠が経年劣化するリスクなど課題があります。この課題を解決しようと、金属3Dプリンタで羽根車そのものを製造しようと考えています。
科学技術に国境はない。得られた知見は共有財産に
——こうした研究開発の成果を、学会発表などで社外へ積極的に発信していますね。どのような考えからですか
江尻:科学技術に国境はなく、単一の企業内だけですべてを解決しようとする姿勢では、迅速かつ高価値なアウトプットを生み出せません。そのため、社外との関係性の構築も重要なポイントだと思います。日機装で創出した研究成果のうち、特に日機装だけが占有しなくても良いような情報は、表に出していけば良いと思っています。
学会は、メンバーがそれぞれ得意な部分の知見を持ち寄って、世の中全体を良くしていくというのが基本的な考え方ですから、私としても出せる範囲で発表しています。
——大阪工業大学の研究室と共同研究をしている中で、学生への狙いや思いにはどのようなものがありますか
江尻:大学だけでは経験することが難しい体験をできるだけ提供するようにしています。
例えば、
- 日機装や協力会社の工場を見に来てもらい、実際の様々な部品・製品の製造プロセスなどを自分の目で見てもらう
- 工場の技能者に協力してもらい、現場作業を教えてもらったり、一緒に作業を進める
- 社内の技術者向けに、自身の研究成果を発表し、議論を行う
などです。
大学と企業のハイブリットな教育を受けた学生に、必ずしも日機装でなくとも製造業の会社に入ってもらい、業界全体を活性化してもらえると良いかなと思っています。ただ、裁量が大きな仕事をしたくなったら、日機装に来てほしいですね(笑)
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