くらしを豊かに
2024/04/24
拡大する日機装の宇宙事業「航空のノウハウを衛星部品製造に」
- 航空宇宙事業
- 人工衛星
- CFRP
- 航空機
目次
年々拡大を続けている宇宙ビジネスの市場——。世界の市場規模は、2040年に150兆円に迫るという試算もあります。
40年以上にわたって民間航空機のエンジン逆噴射装置部品「カスケード」などを製造してきた日機装。実は宇宙ビジネスの市場に参入している企業の一つです。近年、航空機部品の製造で獲得してきたノウハウを生かして、人工衛星部品の製造に力を入れています。武器となっているのは、軽量・高強度な特長を持つ炭素繊維強化プラスチック(CFRP)の成形技術です。
日機装が手掛ける人工衛星部品の強みや今後の成長戦略を航空宇宙事業本部の齋藤賢治本部長に、そしてお客さまから頂く声を営業部の坂本光隆係長に聞きました。(※所属・肩書は取材時点のものです)
航空機部品の製造で培った技術と品質保証
——航空機部品の製造で有名な日機装ですが、人工衛星の部品も製造しているのですね
齋藤:実は人工衛星の胴体部のパネルについては、20年ほど前から断続的に製造しています。ただ、当初手掛けていた人工衛星は大型のものばかり。1回作って打ち上げたら10年ぐらい運用するので、製造頻度としてはそこまで多くありませんでした。
しかし、近年になって、コンステレーション(多数の小型人工衛星を連携させ、一体的に運用する仕組み)を中心に、宇宙業界では中・小型の低軌道衛星を高頻度で打ち上げるようになりました。そのため、日機装としても2年ほど前から中・小型の人工衛星ビジネスに本格的に参入しています。
人工衛星は農業の振興だったり、災害時の対応だったり、あらゆる社会生活に役立ちますから、「社会貢献」という企業の使命に沿った事業の一つだと考えています。
——主に製造しているのは、どのような部品ですか
齋藤:衛星構体部品の骨格をなすハニカムパネルやパイプ、電磁波遮蔽用のカバー、それからキューブサット(超小型衛星)を軌道へ投入するための放出機構のポッド(衛星を格納する容器)などです。
いずれも、日機装がこれまで航空機部品の製造過程において、加工技術を磨いてきたCFRPで製造しています。軽量で高強度というCFRPの特長が、人工衛星部品の素材としても好都合だからです。
また、CFRPは従来よく使われている金属に比べて、温度変化による体積の伸縮が少なく、精度を保ちやすいのです。さらに、ロケット打ち上げ時の振動に対しても、振動減衰しやすい材料を使うことで強度を高めることができます。
衛星部品は寸法の厳密さが求められるので、加工が難しいCFRPで製造するのは困難だと思われがちですが、日機装は40年以上にわたってCFRP製の航空機部品を製造してきた実績がありますから、お客さまの要求を満たした製品が作れます。お客さまからご提案があって制作してみたら、好評を頂くことができ、続々とお客さま側から製造のご提案を頂いている状況です。
——これまでの航空機部品の製造と親和性はありますか
齋藤:これまで製造してきた航空機部品「カスケード」は湾曲した複雑な形状ではありますが、パーツに分けてボルトで組み立てるようなことをせず、一体成形をしてきました。人工衛星部品でもこれまでの技術を生かして複雑な形状を一体成形することができます。
また、少しでも欠陥があれば人の命に関わる航空機業界では、求められる品質保証の水準が高く、検査がとても厳しくなっています。そのため、航空機と人工衛星の部品を製造している宮崎工場(宮崎日機装)では、厳格な品質保証体制を築いてきており、この点においても宇宙産業のお客さまに信頼感を持っていただいていると感じております。
——坂本さんはお客さまからどのような声を頂くことがありますか
坂本:お客さまからは「日機装の品質保証や技術力(航空機基準)が非常に助かっています」という声を頂きます。衛星部品を製造することができる会社は多くありますが、製品として求める水準がある一定を超えてくると品質保証が重要視されています。
人工衛星を運用するベンチャー企業としては、打ち上げ後にきちんと挙動しているかが重要です。実際に打ち上げ後の衛星を追って見ることはできないわけですが、日機装では航空機部品と同様にどのように作ったか品質記録を残しているので、万が一の場合にはトラブルに対する検証がしやすいです。
——日機装がポッド(衛星の格納容器)を製造したキューブサット放出機構が、2月17日にJAXAのH3ロケット試験2号機に乗って宇宙に行き、衛星を軌道に投入するミッションを成功させました。どのように受け止めていますか。CFRP製の超小型衛星放出機構 H3ロケットで初めて宇宙へ | お知らせ | 日機装株式会社 (nikkiso.co.jp)
齋藤:日機装ではもう長く、衛星関連部品を製造していますが、衛星の一部に組み込まれるという位置づけのものでした。ポッドという独立した製品を作ったのは今回が初めてで、大きな一歩を踏み出したと考えています。
新たな柱に育てて、骨太な事業構造に
——今後、宇宙関連事業をどのように成長させていきたいと考えていますか
齋藤:新型コロナ禍により航空機需要の激減を経験して、航空宇宙事業として航空機部品の一本やりだとリスクが高いということが良く分かりました。もちろん、航空機部品の中でも主力のカスケードとそれ以外をバランス良く受注してリスクを分散させていますが、航空機部品以外の人工衛星やeVTOL部品などの事業も拡大することで、航空宇宙事業全体のバランスを取りたいと考えています。
宇宙関連事業は、技術的には航空機部品の延長線上にありますが、ビジネスのスタイルは相当違います。航空業界ではお話を頂いて、契約して投資。さらに試作をして量産し、最終的に売上代金を回収するまで1年半から2年ぐらいの時間が掛かります。
一方で、人工衛星業界では搭載するロケットの打ち上げ時期が決まっているので、製造計画が後ろにずれたりすることがあまりありません。試作から売上代金を回収するまで、期間としては数か月ぐらいです。
そういう意味で、キャッシュ・コンバージョン・サイクル(原材料などの仕入れ代金を払ってから、製品を売って現金を回収するまでの期間)が異なるビジネスがある方が、全体のビジネスバランスとしては良いので、「宇宙関連」を伸ばしていきたいと思っています。
市場全体に盛り上がり、国の支援も手厚く
——まだ宇宙ビジネスは立ち上がったばかりで、市場として成熟していない印象です
齋藤:そうですね。衛星データを使ったビジネスに取り組む企業は宇宙事業単独で成立するでしょうが、製造業で宇宙関連だけという専業メーカーはまだいませんし、当面ないでしょう。日機装のように航空事業の延長としてやるか、自動車や電子電機事業の延長としてやるか。本業とのシナジーがあるために、兼業として取り組むメーカーだけです。そのため、当社のような兼業として宇宙ビジネスに取り組むメーカーが、少なくとも宇宙関連のものづくりの土台をつくらなくてはいけないと考えています。
——政府は2023年6月に改定した宇宙基本計画で、2020年に4兆円となっている日本の宇宙産業の市場規模を、2030年代の早期に8兆円へと倍増させる計画を掲げました。世界市場の拡大に関する試算もあり、未来に開けた市場のようにも思います
齋藤:はい。もともとJAXAが取り組んでいたところが、民間に移ってきています。なぜなら、ビッグデータのような概念が出てきて、データが商材になってきたからです。データは地上で取るよりも、宇宙で取った方が良い。その手段として人工衛星が有効なので、ここを拡張していこうという流れがあります。
——坂本さんはお客さまと対話していて、宇宙ビジネスの高まりを感じることはありますか
坂本:一昔前は顧客と言えば大手企業しかありませんでした。いまはお取引先さまの幅もかなり広がっています。新規参入の会社が増えてきているという意味では、宇宙ビジネス全体が盛り上がっているのではないでしょうか。また国も宇宙ビジネスには注目をしていて、予算を付けたり、補助金制度を設けたりしています。
これは日本だけの動きではなく、世界全体でも同じことが言えます。アメリカで言えば、実業家イーロン・マスク氏が創業した「スペースX」、Amazon.comの設立者であるジェフ・ベゾス氏が設立した「ブルーオリジン」などが主要プレイヤーになっています。宇宙の敷居はどんどん低くなっていて、誰もが入り込みやすいビジネス市場になっているなと思いますね。
CFRPの加工技術を武器に、新規顧客の獲得へ
——産業全体、そして日機装として成長するカギはなんでしょうか
齋藤:産業全体としては、どの企業も使う共通の部品のようなもののサイズや品質管理を統一して規格化すると、メーカーとしても製造しやすいです。どの産業においても、JIS規格のようなものがありますよね。規格化すれば、納期が早まりますし、価格も下がります。
それから、お互いシナジーがある企業同士で、サプライチェーンを作っていくことが大切だと思います。ですから、行政や経済団体の方には、サプライチェーンの強化に力を入れていただきたいです。
日機装としては新たなビジネスなので、やはりお客さんを増やしていくことが大切だと考えています。なるべく多くのお客さんと話して、「私たちはこんなことができますよ」とCFRPの加工技術などをアピールしていきたいです。
当社が製造しているのは基本的な構造部品なので、市場全体が成長してくれれば、それに比例して伸びていくという立ち位置です。最近ではパーツの製造だけでなく、組み立てまで任されることがあるので、ビジネス全体が大きくなっていくと、当社のようなサプライヤーもやることに厚みが出てくるなと考えています。ベンチャー、スタートアップから大企業まで、幅広い皆さんとお仕事をしていきたいですね。
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