くらしを豊かに
2024/02/28
【宇宙ビジネス最前線・上】「九州で人工衛星の製造から打ち上げまで」九州経済産業局が描く未来は?
- 人工衛星
- 航空宇宙事業
目次
急拡大する宇宙ビジネス、その最前線は九州にあり——。
1960年代に鹿児島県で相次いでロケット発射場が建設されると、この半世紀で大小600のロケットが九州から飛び立ちました。日本の宇宙開発において大きな役割を果たしてきた九州はいま、宇宙ビジネスに取り組むベンチャー、スタートアップ企業が続々と登場し、新たな熱を帯びています。
連載【宇宙ビジネス最前線】では、活況を呈する九州の宇宙ビジネスの模様を上下2回に分けてお伝えします。初回は経済産業省 九州経済産業局 製造産業課の小倉章弘課長に、なぜ九州で宇宙ビジネスが活発化しているのか、企業・研究機関・自治体の注目の動き、そして同局が描く未来図について伺います。
2回目は、九州地方における宇宙ビジネスの牽引役となっている大分県の宇宙ベンチャー「minsora」の高山久信社長に、同社が取り組む衛星データビジネスと、宇宙ビジネスの現状や課題についてお話を聞きました。
小倉章弘:経済産業省 九州経済産業局に入局後、主に省エネルギー対策や中小企業支援などを担当。2023年4月から現職で、自動車や航空宇宙、伝統的工芸品産業の振興などに取り組む。 |
「九州は宇宙産業が集積、海外から見ても優位性」
「九州は航空宇宙産業が集積しており、海外から見て優位性があります」——。2023年11月に福岡市内で開かれた「九州宇宙ビジネスキャラバン」というイベントで、宇宙飛行士の山崎直子さんが九州の宇宙ビジネスの可能性について、こんなコメントをしていました。
実際に集積しているのでしょうか。
下の地図は、経済産業省 九州経済産業局が2022年3月に発行した企業事例集「未来を切り拓く九州の宇宙ビジネス」という冊子から引用したものです。
これを見ると、九州の北部と鹿児島を中心に、宇宙ビジネスに関わる研究機関や民間企業、そしてロケットの射場設備が集まっていることが分かります。2024年2月現在は、さらにプロットされる点が増えていることでしょう。地図上では空白地となっている宮崎県でも、日機装が人工衛星部品を製造しています。
政府は2023年6月に改定した宇宙基本計画で、宇宙産業を日本経済における成長産業とするため、2020年に4兆円となっている宇宙産業の市場規模を、2030年代の早期に8兆円へと倍増させる目標を掲げました。
こうした国の後押しがあり、小倉章弘課長は「市場が膨らむのは明らかなので、宇宙産業に取り組む企業さまは九州でも増えてくるのではと期待感を持っています」と話します。
各県の取り組みも積極的で、全国に13ある「宇宙ビジネス創出推進自治体」で、九州からは福岡、佐賀、大分、鹿児島の4県が国から選定されています。九州の宇宙産業は、今後さらに発展するポテンシャルを秘めているのです。
なぜ九州に宇宙産業が集積しているのか
九州で宇宙産業が動き出している理由は、何でしょうか。小倉課長は、複数の要因を挙げます。
一つは鹿児島県の種子島と内之浦にロケットの射場があること、もう一つが世界レベルの研究を進める九州大学、九州工業大学が存在すること。これが大きなアドバンテージとなっています。特に九州工業大学は、超小型衛星の宇宙環境試験に特化した世界初の衛星試験施設を保有しています。
こうした先端的な知見が集まる環境を背景に、宇宙ビジネスに取り組む企業も現れてきました。
また、小倉課長は「自動車や半導体分野での豊富な技術や、挑戦的なものづくりマインドを持つプレイヤーが多いことも理由の一つ」とも指摘します。
高い精密性や品質が求められる自動車や半導体分野に進出してきた経験が、企業としてのものづくりマインドを育てて、さらなる宇宙ビジネスへの進出機運につながっているとの見解です。
企業、研究機関、自治体で注目の動きは
具体的には、どのような動きがあるのでしょうか。企業、研究機関、自治体の三つの側面から、小倉課長に注目の動きを挙げてもらいました。
企業では、九州の宇宙産業におけるリーディング企業となっている、九州大学発のスタートアップ企業「QPS研究所」が注目です。
同社は、36機の高精細小型レーダー衛星「QPS-SAR」による衛星網を構築して、世界中のほぼどこでも平均10分間隔で観測できるサービスを実現しようとしています。23年12月には東京証券取引所のグロース市場にも上場し、市場からの注目も集まっています。
小倉課長:QPS研究所が宇宙ベンチャーのパイオニアとなりえたのは、九州大学発のベンチャーというのが大きかったですが、人工衛星の機器・部品を作るメーカーが周辺に集積していて、地域でサプライチェーンを構築していたのも成功要因の一つです。
何度も何度も試行錯誤しながら衛星を作るわけですから、サプライヤーは遠方より近くにいた方が円滑に進むでしょう。その意味で、とても良いモデルケースだったと言えます。
研究機関では、九州工業大学の活躍が目立ちます。同大によると、宇宙産業に関する調査で世界的に知られる調査会社のレポート「Smallsats by the Numbers 2023」において、九州工業大学は運用する小型・超小型衛星の数が世界の大学・学術機関の中で6年連続の1位となりました。
自治体では、佐賀県が2021年に宇宙航空研究開発機構(JAXA)と連携協定を締結しました。県のホームページによると、「宇宙時代の到来に向け、佐賀県の強みや特性を踏まえた地域課題の解決、子どもたちの夢や志を育む宇宙教育の推進、人材育成などに挑戦する」とのことです。
大分県では、大分空港を宇宙船が離着陸する「宇宙港(スペースポート)」として活用する計画があり、県が推進しています。福岡県と鹿児島県では、宇宙ビジネス研究会が立ち上がりました。
九州経済産業局は「オール九州」の体制づくり
こうした動きを加速させようと、九州経済産業局も「オール九州」で宇宙産業に取り組むための体制づくりで、支援をしています。
小倉課長:2020年度に産官学による九州宇宙戦略推進会議を設立し、学識経験者や企業の方々に集まっていただいたほか、自治体にもオブザーバとして参加してもらい、九州の宇宙関連産業の現状や課題を整理させていただきました。
その中で、今後オール九州で取り組むべき4つの方向性が策定されました。
1.新たなビジネス利用
- JAXAと連携した宇宙での衣食住分野の参画
- 宇宙ビジネス創出支援体制の構築
≪衛星データ利活用≫
- 衛星データを活用したビジネスモデルの創出
- 災害・インフラ管理・農林水産業など九州の特性も踏まえた分野での衛星データ利用可能性の検討
- 政府衛星データプラットフォーム「Tellus」の利活用促進
2.宇宙関連機器の開発
- 小型衛星を核とする製造クラスターの支援強化
- 九州企業や大学が持つ技術の宇宙関連ビジネスへの活用促進
3.インフラ整備
- 九州のロケット打ち上げ施設の活用促進
- 宇宙港(大分空港)の活用促進
- ロケット打ち上げを支えるインフラ関連サービスの提供に向けた支援
4.人材育成・継続的な推進体制の整備
- 宇宙を切り口としたSTEAM教育を含む、宇宙関連人材の育成
- 継続的な支援体制の確認および国内外への発信強化に向けた体制整備
以上の4つです。
こうしたオール九州で取り組む体制をベースに、小倉課長は「『競争』ではなく、『共創』という意識が大切だと考えています。九州経済産業局としては、情報共有や意見交換の場を積極的に作っていきたいと考えています」と話しています。
また、経済産業省も宇宙ビジネスの拡大へ、手厚い支援をしています。
経済産業省は2023年、令和4年度第2次補正予算「中小企業イノベーション創出推進事業」を公募し、宇宙分野では中小企業9社に計最大267億円の資金を支給することを決めました。選ばれた企業は月面着陸船の開発や衛星データビジネス全体の強化に取り組みます。
衛星データ関連では、地域の課題解決に向けて衛星データを活用したい事業者向けに、必要な衛星データを調達して無料、あるいは一部経費を補助して利用できるようにする事業もあります。
「人工衛星の打ち上げが増えれば、企業の参入は加速する」
走り始めた九州の宇宙ビジネス。オール九州で進んだ先には、どんな未来が待っているのでしょうか。九州経済産業局が描く将来像を聞きました。
小倉課長:九州には人工衛星の製造から発射まで、すべて完結できるポテンシャルがあると考えています。打ち上げ機会が増加して人工衛星が量産化するようなフェーズになると、企業の参入が加速して地域経済への波及効果が期待できるのではないかと考えています。
こうした未来がやってくるまでは時間を要するものの、小倉課長は「ビジネスチャンスを逃さないことが重要」と強調します。
小倉課長:いま投資をしていただくと、将来的に事業の柱になる可能性も秘めています。従業員や企業の中に、技術やノウハウが蓄積されていくからです。すぐさま収益に結びつかないと、経営者の方も参入に二の足を踏んでしまうことがあるとは思いますが、宇宙ビジネスに取り組んでいるということ自体が企業価値の向上につながり、取引先や就職希望者へのアピールになるという側面もあります。
未来の開けた産業です。長期的な見通しで、経営者の方にはご判断いただきたいです。
未来への期待が膨らむ九州の宇宙ビジネスに、今後も注目です。
日機装も宮崎県で人工衛星部品を製造
宮崎県で人工衛星部品を製造している日機装も、オール九州の一翼を担います。
実は日機装は20年ほど前から、人工衛星部品を製造してきました。当初は大型衛星の部品が多かったものの、近年、ベンチャーやスタートアップ企業を中心に中・小型衛星の打ち上げが増えてきたため、こうした需要に合わせた部品の製造を手掛けています。
日機装も宮崎県に製造拠点を持つ企業として、九州の宇宙ビジネスの発展に貢献していきます。
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