ものづくり

2023/09/06

メーカー社員から加賀象嵌作家へ、異色の人間国宝・中川衛の“ものづくり”論

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メーカー社員から加賀象嵌作家へ、異色の人間国宝・中川衛の“ものづくり”論

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電機メーカーから伝統工芸の世界へ——。石川県金沢市を中心とした伝統工芸「加賀象嵌(かがぞうがん)」の作家・中川衛(まもる)さん(1947-)は、2つの“ものづくり”の領域を渡り歩いてきました。「創作のアイデアの出し方は同じ」。分野は違っても、通底する“ものづくり”の理論があると中川さんは語ります。

松下電工(現パナソニック)に入社して家電製品のデザインに携わり、27歳で金沢に帰郷。未経験だった加賀象嵌の道へと進んで技を磨き、2004年には人間国宝に認定されました。


美しい文様がきらめく作品の数々はいま、国内外で人気を集めていますが、そこには若き日にメーカーで学んだ“ものづくり”の理論が注がれています。立場を変えながらも創作に向き合ってきた中川さんに聞く、“ものづくり”ってなんですか?

きらめく金属と品位ある意匠、武家が愛した加賀象嵌



カンカンカンカン——。中川さんが金槌を振り下ろすのに合わせて、リズミカルな金属音が工房に響きます。象嵌は金属を彫り、そこに別の金属をはめて模様をつくる金工です。鏨(たがね)と呼ばれるクギのような工具を金属に当て、金槌でたたいて2ミリに満たない溝を彫り、別の金属をはめ込んで平らにならします。


 中川さん:「象嵌は、溝を彫ったら修正できません。だから、『失敗しないように』と、作業に集中しています。まっすぐ彫るにもコツが必要で、初心者では線がグニャグニャに曲がってしまいます」


 加賀象嵌の歴史は古く、16世紀末に加賀を支配した前田家が江戸や京都から技術を取り入れ、始まりました。当初は武具や馬具などの製造が中心でしたが、明治時代に入ると海外向けの花器などが作られるようになりました。つややかな光沢と深みのある金属素地の色味。光の反射によって、施された文様はさまざまな表情を見せます。


 中川さん:「金沢の工芸は武家に好まれた華やかなものが多いですが、加賀象嵌は豪華さの中にも品位があります。象嵌が施された場所と空白部のバランスが美しく、モチーフの変化の付け方もおしゃれですよね」


㊧加州清武《銀象嵌花丸散文鐙》と二代山川孝次《金銀象嵌諌鼓形置物》=いずれも宗桂会 蔵


中川さんが得意とするのは“重ね象嵌”という難しい技法です。溝にはめた金属をさらに彫り、別の金属を重ねてはめていきます。もともと2ミリ弱の深さだった溝に、金属を何層も重ねてはめるには、0.1ミリ単位で深さを彫り分ける緻密な手元のコントロールが必要です。


 中川さん:「重ね象嵌によって金や銀、銅などいくつもの金属を組み合わせると、色合いの表現がとても豊かになります。例えば、朝焼けの模様。太陽が昇る時には、空の上の方は赤くなり、下の方は金色になりますよね。これは単一の色では表現できません。重ね象嵌でいくつかの色を組み合わせることで、表現できるようになるのです」

ものづくりの原点とメーカーで知った難しさ


世の中に無いものを作る——。工業デザイナーとして、加賀象嵌作家として、大切にしてきた“ものづくり”のポリシー。その原点は少年時代までさかのぼります。



中川さん:「小学校高学年の頃、市販の模型飛行機を飛ばして遊んでいました。遠くに飛ばしたくても、設計図通りに組み立ててはあまり飛びません。そこで、胴体を細くしたり、プロペラを削ったりして作り直しました。すると、見失ってしまうくらい飛ぶようになるんですよ。自分なりに試行錯誤して、より良いものを作り出すのが楽しかったですね」


 少年時代の素朴な“ものづくり”への興味は、いつしか自身の生業となります。金沢美術工芸大で工業デザインを専攻すると、1971年に工業デザイナーとしてパナソニックに入社。「多くの人に買ってもらえる製品を作りたい」と情熱をたぎらせ、電気シェーバーやドライヤーなど美容家電のデザインを手掛けました。 


中川さん:「メーカーの工業デザイナーというのは、無から有を生み出す仕事です。世の中に無いものを作らなくてはいけないので、日々アイデアを出すことが大変でした」



「上司からは『机に座っていてはダメだ。街を歩いてこい』と言われ、美術館に行ったり、女性誌やファッション誌を読んだりして、創作のヒントを得ました」


成果を上げた製品の一つが、高校生向けのドライヤー。部活動に所属する生徒の髪型が、坊主頭から長髪へ変わっていったことを受けて開発しました。当時ミリタリーファッションが流行していたことから、中川さんはミリタリー調に製品をデザイン。高校生たちの支持を集めました。


中川さん:「家電なら家電のことだけ、象嵌なら象嵌のことだけ情報を集めていては全然ダメなんですよ。それはすでに世の中にあるものだから。それ以上のものを作りたければ、違う分野のものを見なくてはいけません。ファッションや流行、人口の分布など。情報収集の視野を広げることが大切なんだと学びました」


こうして磨かれたアイデアの生み出し方が、中川さんの“ものづくり”の礎となります。

「中川くん、ハイカラなものを作れ」




27歳で帰郷した中川さんは、石川県工業試験場で働き始めました。この頃、たまたま訪れた石川県立美術館で、加賀象嵌の鐙(あぶみ)に出会います。「すごくおしゃれ。粋だな」。美しいデザインに魅了され、加賀象嵌の技法を使った彫金家・高橋介州さん(1905-2004)のもとに入門。日夜通って、本格的に作家として独立することを目指します。


中川さん:「高橋先生は明治生まれの人なので、『中川くん、ハイカラなものを作れ』とよく言っていました。『(同業者と)同じものを作っていてはダメだ。世の中に無いものを作っていけ』と。パナソニックの上司と同じことを教えられたんです」



加賀象嵌作家として約30年が過ぎた50代の半ば。中川さんはニューヨークのアートフェアに招かれたことをきっかけに、日本の伝統工芸への関心が高い海外市場へと目を向けます。新たな市場へと繰り出す中川さんに、アイデアを授けてくれたのはパナソニック時代の教え。つまり、「集めた情報を製品づくりに生かすこと」でした。


中川さん:「現地で交流した人たちから話を聞くと、海外では”アート作品”としてのニーズが高いことが分かりました。多忙なビジネスパーソンは、自宅に飾った美術品からいやしをもらっていたんです。ですから、デザイン性が面白い作品の需要が高かったのです」


こうした考えのもと、生み出された作品の一つが《象嵌朧銀花器「NY. 7:00 o'clock」》(2022年、メトロポリタン美術館蔵)です。この作品は、中川さんがニューヨークを訪れた時にふと目にした光景が、創作のモチーフとなっています。


中川  衛《象嵌朧銀花器「NY. 7:00 o'clock」》(2022年) メトロポリタン美術館 蔵


中川さん:「現地を歩いている時に見た、高層ビル群がビルの窓に映っている光景が脳裏に焼き付いていて、作品に取り入れました。上段の文様は朝の7時のビル群で、下段の文様は夜の7時のビル群がモチーフです。朝は太陽が昇ってだんだんと明るく照らされ、夜は日が暮れて暗くなり部屋の明かりが灯る。そんな風景をデザインとして抽象化しました。鑑賞者が作品の中に自分なりの物語を見出す欧米では、抽象的な作品が好まれます。これも現地で集めた情報でした

ものづくりとは、社会に貢献するものを生み出すこと


鮮烈で現代的な中川さんのデザインは、「昔からずっと変わらない」という伝統工芸のイメージを塗り替えてきました。


中川さん:「武具や馬具から始まった加賀象嵌ですが、それらを生活の中で使っている人はもうほとんどいませんよね。伝統工芸といっても、ずっと同じものを作り続けていてはダメ。伝統の技術を使って、現代の生活に合うものを作っていくべきなのです。なので、加賀象嵌は今も進化を続けています」



約半世紀にわたって“ものづくり”を突き詰めてきた中川さん。メーカーで培ったアイデアの展開方法で、世の中にない新しいものを生み出してきました。これまでの歩みを振り返り、いま思う“ものづくり”とは。


中川さん:「私にとって“ものづくり”とは、自分を表現しながら、社会に貢献するものを世に生み出すこと。工業デザイナーとしては利便性を、加賀象嵌作家としては鑑賞者の心の豊かさを追い求めて、ものを作ってきました。自分が満足するだけでなく、人に喜んでもらうことが大事だと思います。だから、情報を集めることが重要ですし、人と出会うことも大切です。そのために、海外でも作品は郵送せず、自分で持っていきます」


象嵌は同じ作業を繰り返す忍耐が必要な工芸です。それを、徹夜してまでやり続けているってことは、やっぱり好きなんでしょうね、ものづくりが。他の人に絶対に負けたくないって気持ちがなければ続かない。初めは下手でも継続は力なりです」

なかがわ・まもる:1947年石川県金沢市生まれ。金沢美術工芸大学で工業デザインを専攻し、1971年に松下電工(現パナソニック)に入社。27歳で帰郷すると、彫金家の高橋介州さん(1905-2004)に加賀象嵌を師事。日本伝統工芸展などで入選・受賞を重ねるとともに、海外でも活動を精力的に行い、メトロポリタン美術館(ニューヨーク)や大英博物館(ロンドン)などに作品が所蔵される。2004年に戦後生まれとして初の重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定。2018年、瑞宝中綬章を受章。

「企業の理解が大事」伝統工芸の持続に向けて


医療機器や産業用特殊ポンプを製造する日機装は、1993年に加賀象嵌の保存・普及を支援する宗桂会を設立し、金沢製作所内の宗桂会館を拠点に活動してきました。後継者の育成にも力を入れる中川さんは、日機装の取り組みにも共感を寄せてくださっています。


中川さん:「企業が芸術文化支援に関心を持ち、補助金を出したり、展覧会を企画したり、作品を買ったりすることは本当に重要です。それがなければ、作家は絶対やっていけません。伝統工芸は覚えることが多く、知名度も低いので、生計を立てられるようになるまで相当な時間が掛かります。企業の理解がものすごく大事です


公益財団法人 宗桂会 (soukeikai.or.jp)


日機装の文化・芸術支援活動 〜加賀象嵌の保存・普及に向けて〜|Bright

日機装は、地域社会との共存・共栄は必要不可欠との考えのもと、地域貢献活動にも取り組んできました。

bright.nikkiso.co.jp

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パナソニック汐留美術館(東京)で展覧会


中川さんの加賀象嵌作品の変遷や、パナソニックで手掛けた家電製品のデザインを一覧できる展覧会が、東京都港区のパナソニック汐留美術館で開かれています。9月18日(月・祝)まで。